ここには相通語と見られるものが集められている。相通語とは和人の口癖で、本来の語が時代の経過につれて、ある一定の枠組みの中で、子音の変化を起こす現象である。子音交替現象の一種である。
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われわれは、普段「おいなりさん」と言ってこの語について何のこだわりもないが、「いなり(稲荷)」は、もとはおそらく漢字表記のとおり「いなに」であったと思われる。それがいつかどこかで「いなり」と言われるようになり、それが広く行われるようになって、定着したものと考えられるのである。ほかに似たような変化の例が少なからず見られるからである。これが相通現象である。ちなみに「いなり」の場合、語頭の「い」は、もとはヤ行の「yi」と考えられる。和語では母音で始まる本来的な語は原則として存在せず、「いね(稲)」には「よね(米)」という異形が存在することをもって、もとは「yiね」であったであろう。本来的な「yiね」がいつか(y-&)相通現象によってア行語の「いね」に変化したものと考えられるのである。下に見るようにこの例も少なくない。「yiなに-いなり」には二つの相通現象がかかわっている。
和語の相通語の中でひときわ目立つのは、人間がそれによって立つ”大地、土”を意味する語が、サ行、タ行、ナ行にわたってきれいな相通関係を作っている事実である。まるで和語に設計者がいたかのような面白さである。
さ砂-し石-す洲-せ瀬-そ磯(いさご、いし、すな、いせ、いそ等)
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た田-ち地-つ津-て -と泥(たゐ、たんぼ、つち、とち、どろ、のろ等)
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な土-に丹-ぬ野-ね峯-の野(なゐ、なゐふる、には、ぬま、みね、をね、のはら等)
相通現象自体は昔から気づかれていた。だが、これをまとめてとり上げることは、残念ながら、未だ行われていないようである。下のリストはこの現象の全体のほんの一部であり、妥当性を欠くものも少なくないであろうし、しかも配列に混乱を極めている。蒐集と整理の作業が追いつかないためである。整理の決め手は、どちらからどちらへ移ったか、子音の交替の向きを明らかにすることでる。ちなみに上記の「yiね-いね」であるが、これにはもうひとつ「しね」という相通語、或いは異形がある。神にささげる稲を言う「くましね(奠稲)」の「しね」である。これら三つの相通語「yiね/よね、いね、しね」の間には音声から見た前後関係の解明が期待される。これの解明は、個々の語の由来を辿る上で重要な鍵たりうるであろう。すべては今後の究明にかかっている。この現象は、また方言と深くかかわっている。相通語が全体でどれほどあるかは見当がつかない。
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◆k-&:あきさ-あいさ秋沙、さざき-(みそ)さざい鷦鷯、さざき陵-さざい、かる離-ある、
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◆k-t あかね茜-あたね、かきは-かちは堅磐、さき-さち幸、
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◆k-h:いかほ伊香保-いはほ、おくまけて-おくまへて、おくまく奥儲-おくまふ、かじかむ-はじかむ、かむ噛-はむ食、くくむ-ふくむ-ふふむ含、くすぶ-ふすぶ燻(蚊くすべ-蚊ふすべ)、くたみ朽網-ふたみ二見、くなと/くなど岐-ふなと(ふなとの神)/ふなど、け笥-へ瓮、こがみ-ほがみ小腹、のこぎり鋸-のほぎり、はくべら繁縷-はふべら、ほこだち鉾立-ほほだち、ほむた/ほんだ誉田-こんだ、
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◆g-r:にげかむ-にれかむ
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◆s-&:さざき-(みそ)さざい、さす止-あす、さどふ-あとふ〔誘う、勧める〕、さは/さはす淡-あは/あはす、さは-あは多、さまねし多-あまねし、さめ-あめ雨、さら更*新-あら新、さゐ-あゐ藍、さを-あを青、さかる-あかる離、さるく-あるく歩、し-い息*風、し-い(助辞)、し-い(形容詞語尾)、しかる叱-いかる怒、しは-いは岩、
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◆s-r:すすどし-するどし鋭、
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◆t-&:たふ敢*堪-あふ、
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◆t-s:あめつち-あめつし天地、いなさ-いたさ-いささ(稲佐)、うちひさつ-うちひさす、おとろし恐-おそろし、かち/かた堅-かし樫、くたす/くたつ朽-くさす/くさる腐、くにのとこたち-くにのそこたち(神名)、けつらふ-けすらふ、ち(こち東風)-し風(あらし嵐)、すた-すさ苆*寸莎、たけぶ猛-さけぶ叫、たね種-さね核、ち-し-い風、ちち父-しし(あもしし母父)、ちぢく/ちぢむ縮-しじく/しじむ、つぐ/つがふ/つがる継*次-すぐ/すがふ/すがる縋、つき襁〔むつき襁褓〕-すき襷〔たすき手襷〕、つき杯-すき、つづ星(縮)-すず鈴、つづらふぢ/ちぢらふぢ-しじらふぢ藤、つぼむ-すぼむ、と-そ十、とこ床-そこ底、としろ十代-そしろ十代〔そしろだ十代田〕、とだる-そだる具足、ともどち-ともどし、ひたぐ拉-さたぐ、ふたぐ蓋-ふさぐ塞、ふつに-ふすに全、ほと女陰-ほそ/ほぞ臍、またし全-まさし正/まそし、まっすぐ-まっつぐ、やくもたつ-やくもさす、
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◆t-n:いただき-いなだき頂、いなさ-いたさ-いささ(稲佐)、ごてる-ごねる、したてる-しなてる下照、しとしと-しのしの、しとど-しののm1831、しとに-しのに(濡れる)、た/ち/つ/と-な/に/ぬ/の土、ただす正-なだす、たぶ/たべる食-なむ/なめる/ねぶる舐、たぶる-なぶる嬲、たむ(訛む)/だむ-なむ/なまる訛、たゐ田居-なゐ、つた蔦-つな蔦*綱-つら、た-な田*土、ち-に地*丹、たぐひ-なぐひ類、はた端-はな端/ひな鄙、とことこ-のこのこ、へたへた-へなへな、へたる-へなる、みなぎる-みたぎる(言海説)、わたく-わなく罠、わたく-わなく縊、わなく(経なく)〔首をくくる〕-わたく(経たく)、wuたく-wuなる唸、
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◆t-r:こたふ/こたへる-こらふ/こらへる堪、こぶた-こぶら/こむら腓、したがふ-しらがふ従、つた蔦-つら蔦(-つな綱)
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◆t-w:wuむ-つむ/つむぐ績 wuき坏*盞-つき-すき、
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◆d-z:きざむ-きだむ刻、きざはし-きだはし階、ちぢむ縮-しじむ、とだす-とざす閉、
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◆d-n:いただき頂-いなだき、おどれ己-おのれ、くだ管-くな(くなたぶれ)、しだ時/すで既/さだ-しな(行きしな、帰りしな)/すな即、しひだ粃-しひな/しひら、だまる黙-なまる、どく/どかす/どける退-のく/のかす/のける、どらねこ猫-のらねこ、どろ-のろ泥、はなはだ甚-はなはな、はだすすき-はなすすき、へだつ/へだる-へなつ/へなる隔、だまる黙-なまる訛/どもる
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◆d-r:しひだ粃-しひら/しひな、いくだ幾-いくら、(です-れす、かど角-かろ、うどん-うろん;北九州方言)
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◆n-&:なぜ何故-あぜ、ぬし(主)-うし(大人)、ぬばたま-うばたま、ぬるし/ぬるで-うるし漆、ぬるぬる-うるうる、ぬる/ぬるふ/ぬるむ濡-うる/うるふ/うるむ潤、
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◆n-y:おなじ同-おやじ、ね-ye兄/せ、ぬるし温-ゆるし緩、ぬるむ解-ゆるむ緩、
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◆n-r:あらし嵐-あなし/あなじ/あなぜ、かにはゐ井-かりはゐ、かにもり蟹守-かりもり、しひな粃-しひだ-しひら、たけひなとり-たけひらとり(神名)、たかむな-たかむら竹村*篁、たるなむし-たるらむし蛇、つなぬく-つらぬく、つな綱-つら蔦/つた蔦、つぬが-つるが敦賀-するが駿河、つらぬく-つなぬく貫、ぬがなへ-ながらへ、ほのさ-ほろさ少、yiなに稲荷-yiなり、をたに小谷-をたり、
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◆h-s:しめ鳹-ひめ、きそふ競-きほふ、すつ捨-ふつ、ひなざかる-しなざかる、ひたす漬-したす、
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◆h-m:かひなげ-かみなげ腕挙、にひなへ-にひなめ新嘗、ひ(ふるひ)-み簸、ひ-み霊、ひそか-みそか密、まひなふ-まみなふ賄、
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◆h-w:はしる-わしる走、はつかに-わづかに僅、ひな鄙-ゐなか田舎、ほとり-をとり囮、
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◆b-g;うぶめ/うぐめ
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◆b-w:かほばせ-かほわせ貌、おぼほる-おをほる溺、くぼ-くを陰、
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◆m-&:みか厳-いか、みさを操-いさを、みつみつし厳々-いついつし、みまし-いまし汝、むしろ蓆-うしろ、むしろ後-うしろ後、むだく抱-うだく、むじな狢-うじな、むつ(鞭つ)/ぶつ打-うつ打、むなぎ鰻-うなぎ、むべ宜-うべ、むまご孫-うまご、もぐら土竜-うぐろ、
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◆m-n:うつむまし-うつむなし必、かたむ-かたぬ固、かにはた蟹幡-かむはた、くむが-くぬが/くにが陸、ともし/とぼし-とのし乏、とみはあらず-とにはあらず、みほふ-にほふ匂、たたぬ-たたむ畳、つかむ-つかぬ掴、つぼむ-つぼぬ壺、そび/そみ-そに鴗、にひあへ新饗-みやい魚?、ねひ婦負-めひ売比、ひめもす-ひねもす終日、みがく-にがく磨、みがし-にがし苦、みがな-にがな苦菜、みぎる-にぎる握、みごひ-にごひ似鯉、みつ-につ満、みな-にな蜷、みの-にの蓑、みふ/みぶ壬生*乳部-にぶ、みほどり-にほどり鳰、みよし-によぢ舳先、みら-にら韮、むかご-ぬかご零余子、むろつみ-むろつに館
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◆m-b:あむ-あぶ虻、おもほす-おぼほす思、きみ-きび黍、けむり-けぶり煙、こむら-こぶら腓、さむらひ-さぶらひ侍、しまらく-しばらく暫、すまる-すばる昴*統、すめらき-すべらき皇、たはむる-たはぶる戯、たみ-たび旅、ねむる-ねぶる舐、ひみ-ひび皹、まもる守-まぼる、みづら-びづら角髪、
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◆m-w:わたたび-またたび、wuごろもち(wuごく/ゐごく)-もぐら、
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◆y-&:yiなり-いなり稲荷、
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◆y-s:や矢-さ、yiぬ去*往-しぬ死、yiね-しね稲(くましね奠稲*糈米)、ye-せ兄、よ夜-そ(きそ昨夜)、
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◆y-r る/ゆ(助詞)
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◆y-w:wuつる-ゆつる移、よどむ-をどむ淀、おもや-おもわ面輪、うるやかはへ-うるわかはへ、
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◆w-&:わ吾-あ、わ/わし悪-あ/あし、わかつ-あかつ分*班、わな-わだ罠-あな穴、わめく喚-さめく-あめく、をがむ拝-あがむ、
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◆w-s:くちわき-くちさきら口端、わく分-さく裂-あく開、wuがら親族-すがら、wuき-すき杯-つき、wuぢ氏-すぢ筋、wuつ棄*捨-すつ、wuひぢ(wu海+ひぢ坭)-すひぢ海坭、wuめく-すめく、wu/wuwu/wuゑる植-す/すwu/すゑる据、wuめく-すめく呻く、を麻-そ、をびく-そびく誘、
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◆w-t:wuき-つき-すき坏*杯
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以上
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