和語においてラ行拍「ら、り、る、れ、ろ」は極めて特殊な位置を占めている。何よりラ行拍は、音だけあって意味をもたない。「ら」と言い、「り」と言ってもそれらは何ものをも表さない。ラ行拍はただそういう音があるだけである。ラ行拍の役割は、接尾語、接中語として、他の有意の拍の語尾につき、或いは語中に入り込んで、語の安定化のために働いていると考えられる。不安定な一拍語について安定的な二拍語にしたり、短語を長語化して意味を分化する際、そこで補助語として存在するのである。本来的な付加拍(付加音)であると言うことができる。ラ行拍が語頭に立つことはないのは、この理由による。意味をもたない拍が語頭に立つことはないのである。
そうしらラ行拍を「ラ入語」と呼んでいる。「ラ接語」の方が適切な場合もある。
以下にあげたものはほんの一例に過ぎない。蒐集と整理作業が進まないためである。この方面からの和語の解明が待たれる。
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◆「模写語」につく例
二拍反復型の模写語のうち、第二拍にラ行拍が来るものが多い。例えば「からから、するする、とろとろ」などである。このとき、これらが表わす音や状況は、第一拍の「か、す、と」が担っていて、第二拍のラ行拍「ら、る、ろ」はその前の意味(音や状況)を表わす語を支えて、定形化、或いは安定化を実現していると考えられる。「からから」が表わす乾いた音、或いは乾燥状態は、一拍語「か」で表現され了解されるが、これでは不安定で紛らわしいと感じられたためであろういつかそれが接尾語としてラ行拍をとるようになった。ラ行拍のどれをとるかは、大部分は前拍との関係で決まるように見えるが、全体的には複雑なものがあるようである。
一部であるが、次のようなものがあるであろう。
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いらいら
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からから がらがら かりかり がりがり きらきら ぎらぎら きりきり ぎりぎり
くらくら ぐらぐら くりくり ぐりぐり くるくる ぐるぐる
けらけら げらげら けろけろ げろげろ こりこり ごりごり ころころ ごろごろ
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さらさら ざらざら すらすら ずらずら するする ずるずる そろそろ ぞろぞろ
たらたら だらだら ちらちら ちりちり ぢりぢり ちろちろ つらつら づらづら
つるつる づるづる てらてら とろとろ どろどろ
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ぬらぬら ぬるぬる ぬれぬれ のろのろ
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はらはら ひらひら ふらふら へらへら
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むらむら めらめら めりめり めろめろ もろもろ
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ゆらゆら ゆるゆる よろよろ
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わらわら wuらwuら wuるwuる wuろwuろ ゑらゑら をろをろ
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◆「一拍語」につく例
下は、手もとの二拍語リストより第二拍にラ行拍をもつ語をとり出してまとめてみたものである。ラ行拍は、接辞としてのみ機能する拍であり、一拍語が長語化する際にもおそらく最初期の語と考えてよいであろう。このような語群を出発点として、徐々に或いは急激に、類似の二拍語を増やしていったかと想像される。ただし、ここにはラ行拍語尾をとった二拍語とともにラ行拍を含む本来的な二拍語も交じっている。選別が難しいからである。動詞系の接尾語(語尾)のうちで、当然のことながら言い切りを示す「る」形が最も多い。
ここでラ行拍の働きの例を二拍語「のら(野良)」と「はら(原*腹)」において見てみよう。
「のら」は、「のらぎ(野良着)、のらしごと(野良仕事)」などと使われるが、これは誰もが「の(野)+ら(接尾語)」と理解しているであろう。「の(野)」が独立語としてあちこちで使われているからである。そうして和人は、いつか、「のぎ(野着)」「のしごと(野仕事)」より「のらぎ、のらしごと」の方を常用語として採用した。その方が口に馴染むのか、耳に快く響くのであろう。
一方「はら(原)」であるが、今日これを「は(原)+ら(接尾語)」と思っている人はまずいないであろうが、これ以外には理解できない。「の-のら」に対する「は-はら」である。「は(原)」はいつか消滅して、ラ行拍語尾つきの「はら」が生き残り、「のはら(野原)」といった面白い成句をも残すに至った。ここで、「原」と「腹」が同語であることはまず間違いなく、一拍語「は」では両者を抱えることが難しいとして「はら」と長語形を選んだと言った物語も考えられる。
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あら新、あら粗、あら𩺊、あら麁;あり有、あり蟻;ある有、ある生、ある荒;あれ彼、あれ我、あれ荒;(あろ)
いら刺*苛;いり入、いり圦、いり煎;いる煎、いる鋳、いる沃、いる要、いる入;いれ入;いろ色、いろ血族;
うら裏、うら末;うり瓜、うり売;うる粳、うる得、うる売、うる得;うれ/wuれ末、うれ売;(うろ)
えら鰓;えり衿、えり魞;える得;(えれ);(えろ)
(おら);おり澱、おり降;おる降、おる愚;おれ己;おろ疎
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から空*殻、から柄、から辛、から漢;かり雁、かり借、かり狩*刈;かる軽 かる狩*刈、かる枯、かる涸、かる駆、かる離、かる借、かる着、かる上;かれ彼、かれ枯、かれ涸、かれ故;かろ軽;
(きら);きり霧、きり桐、きり錐、きり切;きる着、きる切、きる鑚、きる霧;きれ布、きれ切;(きろ)
くら倉、くら座*鞍、くら暗;くり栗、くり涅、くり繰、くり刳;くる枢、くる来、くる括、くる繰、くる刳、くる暮*暗、くる眩、くる呉;くれ呉、くれ榑、くれ暮*暗;くろ黒、くろ畔;
けら螻蛄、けら鉧、けら鳬;けり鳬、けり着;ける蹴;(けれ);(けろ)
こら子等;こり梱;こる凝、こる凍、こる樵、こる梱、こる懲;これ此;ころ頃、ころ転;
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さら皿、さら新*更;(さり);さる猿、さる去、ざる笊、さる曝、ざる戯;(され);(さろ)
しら白;しり尻*後;しる汁、しる領、しる知、しる痴;しれ痴;しろ白、しろ城、しろ代;
(すら);すり刷、すり擦、すり簏:する擦、する為、ずる辷;すれ擦;(すろ)
(せら);せり芹、せり競;せる競、せる迫;(せれ);せろ兄*夫
そら空;そり橇、そり反、そり剃;そる剃、そる反、そる逸;それ其;(そろ)
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たら楤、たら鱈;たり驇、たり疣、たり樽;たる樽、たる足、たる垂;たれ誰、たれ垂;(たろ)
(ちら);ちり散*塵;ちる散;ちれ散;(ちろ)
つら面、つら蔓、つら列;つり釣;つる蔓 つる鶴 つる連、つる吊、つる釣、つる攣;つれ連;(つろ)
てら寺;(てり);てる照、でる出;てれ照;(てろ)
とら虎;とり鳥、とり取;とる取*盗、とる飛;(とれ);とろ瀞、どろ泥
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なら楢;なり形、なり鳴;なる寝、なる平、なる成、なる生、なる鳴、なる慣;なれ馴、なれ汝;(なろ)
にら韮;(にり);にる煮、にる似;にれ楡;(にろ)
(ぬら);ぬり塗;ぬる塗*濡、ぬる緩、ぬる寝;ぬれ濡;(ぬろ)
ねら嶺;ねり練;ねる寝、ねる練;(ねれ);ねろ嶺;
のら野良;のり海苔、のり糊、のり則、のり乗;のる似、のる伸、のる乗、のる賭、のる伸、のる告、のる煮;(のれ);のろ鈍
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はら原*腹;はり梁、はり榛、はり針、はり張、はり墾;はる春、はる張、はる貼、はる腫、はる晴、はる墾、はる撲;はれ晴、はれ張*腫;(はろ)
ひら平、ひら片;(ひり);ひる昼、ひる蒜、ひる蛭、ひる簸、ひる放、ひる干、ひる平;ひれ鰭*領巾、ひれ平;ひろ広、ひろ尋;
(ふら);ふり振、ふり降;ふる古、ふる振、ふる狂、ふる触、ふる降、ふる古;ふれ触;ふろ風呂;
へら箆;へり縁、へり減;へる減、へる謙、へる経、へる綜;(へれ);へろ辺、べろ舌;
ほら法螺;ほり堀*彫;ほる掘、ほる惚、ほる欲、ほる放;ほれ惚;ほろ幌、ぼろ襤褸;
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(まら);まり毬、まり椀;まる丸、まる放;まれ稀;まろ丸、まろ麻呂;
みら韮;(みり);みる海松、みる見、みる廻;(みれ);(みろ)
むら村*群、むら斑;(むり);むる群、むる蒸;むれ群;むろ室
めら目;めり減;める減;(めれ);(めろ)
(もら);もり森、もり銛、もり守、もり盛;もる盛、もる守、もる漏;もれ漏;もろ諸
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(やら);やり槍、やり遣;やる遣、やる破;やれ破;(やろ)
(yiら);(yiり);yiる射、yiる癒;(yiれ);(yiろ)
ゆら淘;ゆり淘、ゆり後、ゆり揺、ゆり百合;ゆる揺、ゆる緩;ゆれ揺;(ゆろ)
(yeら);yeり選;yeる選;(yeれ);(yeろ)
よら夜;より選、より縒、より寄;よる夜、よる選、よる縒、よる寄、よる依、よる因、よる疲;(よれ);(よろ)
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わら藁;わり割;わる悪、わる割;われ我、われ割;わろ悪、わろ我;
(ゐら);(ゐり);ゐる率、ゐる居;(ゐれ);(ゐろ)
wuら浦、wuら心、wuら末、wuら己;(wuり);wuる熟;wuれ憂、wuれ熟;(wuろ)
(ゑら);(ゑり);ゑる抉*彫、ゑる嘲;(ゑれ);(ゑろ)
をら居;をり折、をり居、をり檻;をる織、をる折、をる居;をれ俺、をれ折、をれ居;をろ峯、をろ緒、をろ尾;
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◆「二拍語」につく例
あ-あち(彼)-あちら、こ-こち-こちら、そ-そち-そちら、ど-どち-どちら、
し-うし(尻)-うしろ(後)
を-おの(己)-おのれ
-かし(頭)-かしら
-かぶ(蕪)-かぶら
く-くす(奇)-くすり(薬)
-くぢ( )-くぢら(鯨)〔「なめくぢ」との関連が予想される。〕
-ちか( )-ちから(力)
と-とこ(所)-ところ(所)
-とね( )-とねり(舎人)
な-なか(中)-なから(半)
-まし(猿)-ましら
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以下は「すめら」にかかわる一群の用語であるが、 これらにはすべてラ入現象が見られる。
かみるき神留岐・かみるみ神留彌
かみろき神漏岐・かみろみ神漏美
かむろき ・かむろみ神漏彌
すめらき(天皇)・
すめろき(天皇)・
ひもろき(神籬*胙))
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次のような名詞や動詞で、「り・る」が介入するものとしないものがあるが、ほとんど意味に違いがないと思われる。由来、語形とも不詳である。
「かて/かりて糧、かも/かりも釭、ぬて/ぬりて鐸、ぬで橳/ぬるで白膠木」
◆「動詞」につく例
くむ(組む)/ くる(組る)-くらぶ(比ぶ)
とぶ(飛ぶ)/ とる(飛る)-とり (鳥 )
なぶ(並ぶ)/ なる(並る)-ならぶ(並ぶ)
にむ(睨む)/ にる(睨る)-にらむ(睨む)
ねむ(睨む)/ ねる(睨る)-ねらふ(狙ふ)
試しにあげた上記の五つの二拍動詞の左端列は今日普通に使われているが、第二列の「る」形は存在しない。しかしこの語形の存在を想定しないことには第三列の三拍動詞や名詞(とり鳥)の説明がつかない。「くる(組る)」「とる(飛る)」「なる(並る)」「にる(睨る)」「ねる(睨る)」は、今のわれわれには異様であるが、一時代、間違いなく存在し使われた。
動詞語尾には十三個あるが、このうち「る」が最も一般的で数も多い。この「る」が、原初、唯一の動詞語尾であって、すべての一拍語について動詞をつくった。ところが、おそらく動詞の意味を細かく言い分ける必要から、動詞語尾が母音拍の「う」を除くすべての段に広がった。その過程で二拍の「る」動詞は甚だしく同音異義語が多いなどの理由で、上記のように、廃語になるものが出てきた。しかしながら、その前にハネ出していた三拍語や名詞は今日に残った。これは、上の動詞を見ながら思い描く「る」物語である。
◆「形容詞」につく例
か(辛)-かし-からし(辛らし)
か(軽)-かし-かるし(軽るし)
-かし-かろし(軽ろし)
く(黒)-くし-くらし(暗らし)
-くし-くるし(苦るし)
-くし-くろし(黒ろし)
し(白)-しし-しるし(著るし)
-しし-しろし(白ろし)
つ( )-つし-つらし(辛らし)
と(鈍)-とし-とろし(鈍ろし)
-のし-のろし(鈍ろし)
ぬ(温)-ぬし-ぬるし(温るし)
ひ(広)-ひし-ひろし(広ろし)
ふ(経)-ふし-ふるし(古るし)
ま(丸)-まし-まるし(丸るし)
-まし-まろし(丸ろし)
ゆ(揺)-ゆし-ゆるし(緩るし)
ye(選)-yeし-yeらし(偉らし)
よ(良)-よし-よろし(良ろし)
わ(悪)-わし-わるし(悪るし)
-わし-わろし(悪ろし)
wu( )-wuし-wuれし(嬉れし)
あか-あかし(明)-あかるし、
おも-おもし(重)-おもろし
この図は一目瞭然で、説明の要はないであろう。原初の一拍語が形容詞語尾「し」をとってなった二拍形容詞が、次にラ行拍をとり込んで、今日通用のの三拍形容詞に長語化した例である。ラ行拍をとり込んだ理由は、おそらく緊張緩和である。二拍語ではあまりに濃密で脳にかかる圧力が高くなるため、無意味のラ行拍を挿入することにより緩和を図ったと考えられる。
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