空を飛ぶ”鳥”をなぜ「とり(鳥)」と言うか。空を「とぶ(飛ぶ)」ものでああれば「飛び」でなければならないのではないか。だが「飛び」は、”鳶が鷹を生む”のように、「とび/とんび」となって特定の鳥の名になっている。
この謎は、次のように考えれば解消する。
原初、和人は「飛ぶ」に関する一切のことを一拍語で「と」と言った。飛ぶ鳥を指さして「と、と」と言えば”鳥が飛んでいる”ということであったであろう。時間(年数)がたって、一拍語が動詞語尾をとって長語化するようになったとき、この「と」は、理由はわからないが、「ぶ」をとった。「とぶ」である。ところがこのとき別に「る」をとって「とる(飛る)」とも言った。「飛ぶ」と「飛る」との間には意味や使い方の上で何か違いがあったかも知れないが今は分からない。そうして「飛ぶ」の名詞形が「とび」であり、「飛る」のそれが「とり」であった。また長い年月が経って「とび」は「鳶」となり、「とり」は「鳥」となって今日に至り、どうしたわけか天空を飛行する意の二拍動詞は「飛ぶ」だけが残り、「鳥」のもとの動詞「飛る」の方はいつか忘れられた。動詞図を描けば次のようである。
と(飛)-とぶ(飛ぶ)-とばす(飛ばす)-とばせる「とび鳶」
-とべる(飛べる)
-とる(飛る)「とり鳥」
以上のことは、もし「とり(鳥)」だけに起こったのであれば疑問符がつくかも知れないが、実は下に見るように、いくつも例があるのである。
く(口)- くふ(食ふ)-くはす-
-*くる(食る)-くらふ-
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と(飛)- とぶ(飛ぶ)-とばす-
-*とる(飛る)〔とり鳥〕
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な(並)- なむ(並む)〔なみ波〕
-*なる(並る)-ならぶ-
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に(睨)- にむ(睨む)
-*にる(睨る)-にらむ-
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ね(睨)- ねむ(狙む)-ねめる-
-*ねる(狙る)-ねらふ-
例えば最初の「くふ(食ふ)」に対する「くらふ(喰らふ)」は、これまで説明がつかなかったが、上の「とぶ」「とる」のように、「くる(食る)」の存在を考えることによって解決する。
動詞語尾「る」は、13個の語尾のうちでもっとも一般的で、「る」を取る動詞が最も多い。そのためであろう、一拍語が動詞語尾をとって二拍動詞となる際にはおそらくほとんどの語が「る」動詞になったが、同形語が多くなりすぎるなどの理由で淘汰が行われたのではないかと考えられる。完