和語には”語頭”に「く」と「は」、反対に”語末”に「し」をもつ語に”細長い”ものを言う語が少なくない。「私家版 和語辞典」で述べたところであるが、和語としても極めて特徴的かつ特異な現象であり、いささか補足したい。
1)まず語頭の「く」である。
くき/くく茎、くぎ釘、くさ草、くし串*櫛、くじ籤、くだ/くな管*陰茎、くひ杭、くび首、
見事に細長い物を集めており、これらの語頭の「く」がその意味を担っていると見ることに異論はないであろう。「く」が選ばれた理由はもちろん知るべくもない。「く」に明確に”細長い”ものを言うとすれば、その次の語が実体を表わしていることになる。
「くき/くく(茎)」の語末の「き/く」はやはり”細長い”ものの意か。「くぎ釘」には「かぎ鍵」の(kg)縁語がある。漢字には金偏がついているが、本来はもちろん木偏であろう。「くし串/くじ籤」は同語であるとともに、「く」も「し」も”細長い”で「く」語列と次の「し」語列との交点にあると言える。
「くだ/くな管*陰茎」は、本来竹のような筒状のものを言うのか、身体部位の陰茎をいうのか。二拍語「くな」からは「くなぐ、くながひ、くなたぶれ」などが派生している。「だ/な」は「からだ」の「だ」のように思われるが、当てずっぽうである。
「くひ杭」「くび首」の「ひ/び」は「と+ひ(樋)」の「ひ樋」か。
2)次の”細長い”は「は」である。さきの「く」と比較して、「く」と「は」にどのような役割分担が見られるのかは今後の課題である。
は(尖)-はぎ脛-つるはぎ鶴脛
-はし柱-はしご梯、はしら柱
-くちばし嘴
-ひばし火箸
-はせ -をはせ(男茎)〔男茎型石棒〕
-はり針
「はぎ脛」の「き」は「くき、くぎ」の「き/ぎ」と同じであろう。同様に「はし嘴*箸*柱」の「し」も「くし/くじ」の「し/じ」と同じであろう。ほかに「く」と「は」が揃っているものは見当たらない。
く く く (く)
\ \ \ \
き・ぎ し・じ だ・な り
/ / / /
は は (は) は
「はし(橋)」と「はしら(柱)」についてはやや状況が複雑なことになっている。「は-はし-はしら」という長語化過程を考えると、「はし」が地上に突っ立っている”柱”であり、「はしら」はそれを倒して川に架けた”橋”となるはずである。しかるにそれが逆転して、「はし」が”橋”、「はしら」が”柱”となっている。「たかはし(高橋)」という姓は多いが、用例では”高い橋”を架けると読めるものがあるのかも知れないが、”高い橋”、”低い橋”というのもおかしいので、「たかはし」はあくまで”高い柱”の意と考えられる。これは、未だ解明されていないが、和人に古い各地の立柱儀式と関連するものと思われる。
さらに「はせ」であるが、これは上記の「くだ/くな」と同じ”男茎”である。「せ」の意味するところは不明であるが、「し」「せ」で縁語であろう。「をはせ」とわざわざ「を(男)」をつけるところを見れば、「はせ」は或いは単なる細長いものの意かも知れない。ただ「くな」と言い「はせ」と言い、各地の縄文遺跡から出土する巨大な男茎型石棒との関連を思わせられる。女性に特化したいわゆる土偶と合わせ、和人の生殖、再生への願いが可視化されたものであろう。
3)語末の「し」
あし葦、あし足、うなじ項、かし柯*牁牆/かせ枷、くし串*櫛、くじ籤、さし砂嘴、さし差*尺、はし嘴、はし柱*橋*梯*箸*嘴、はだし(裸足)、
一拍語「し」はそれだけで”細長い”ものの意をもっている。従ってその前につく語は単なる語調を整える接頭語か、特別の意味をもった一拍語である。
「あし(足)」は、本来一拍語「し(足)」であったものが、接頭語「あ」をとって「あし(足)」となった形である。次には「あし」の「し」を落として「あ」のみで足を言うようになったと考えられる。「あぶみ(鐙)、あゆむ(歩む)」の「あ」である。今日の「あ」は「し→あし→あ」の変化の連鎖の今日の形である。「あし(葦)」についてもまったく同じことが言えると考えられる。と言うより、その形状から共に「し」で、同語であったであろう。
「かし(柯*牁牆)」:「かし」にはいくつかの見逃せない話題がある。
1)「かし」とは舟が動かないように水中に”立てる杭”の意である。舟と杭を綱で結ぶ。ところで余談にわたるが、”立てる杭”というところがみそで、杭は停泊地にあらかじめ立てられてあるのではなく、日国によれば、その杭は船に用意してあり、停泊地に着いたら水中に突き立てるとある。用例によればそうなるのか知れないが、当時の小さな船にいつも長い杭と大きな槌を積んでいたというのも信じ難い。引き上げるときはどうするのか。今のところ「か」は不明である。
2)「し」が細長い物を言うとすれば、「か+し」と分解されて「か」が何ものかを意味していることになる。「か」なる「し」である。では「か」とは何か。上で見たことと合わせ、「かし(河岸)」があることからも「か」は「かは河*川」ではないか。「かし(柯*牁牆)」は川に立てた杭、「かし(河岸)」は川の岸、「かは(川)」は、本来は一拍語「か」ではないか。では「か川+は」の「は」は何か。だが「川」の「は」というのも考えにくい。以上は将来考えるための材料としておきたい。
3)「かし柯*牁牆」には手枷、足枷の「かせ枷」の異形がある。どちらも動きを封ずるための道具で、(ks)縁語である。「し」と「せ」は(s)縁語であり、もとは同語であろう。
肉を焼く「くし串」はいいとして、髪を梳く「くし櫛」はそれ自体は細長くないが、櫛は一本一本の小さな串を横一列に並べてその根元の部分を漆で固めて櫛の用に供したと考えられ、名称もそのまま「くし」となった。いくつかの縄文遺跡から実物が出土している。
上記の諸語は、敢えて縄文語とは言わないまでも、この地に住んでいた最古の人々、いわゆる縄文人の言葉に限りなく近いものであると言えるであろう。少なくとも今のところ、これ以上古い形の言葉に迫る手段はない。完
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