「し」(領、知、敷、鎮、占、強、布、藉・・) (021)

 一拍語「し」は、もちろんさまざまな意味をもっている中で、動詞として「あらし嵐」の「し」に象徴されるような「力を振るう、力を及ぼす」という中心義をもっており、いくつもの重要な二拍語、二拍動詞を作っている。

 

 「し」がもつ意味のひとつに「した(下)」がある。「した下、しも下、しり尻」などの「し」で、それ自体で”下”を意味する。この一拍語「し」がさまざまな動詞語尾をとって、「(人々を)下にする、下におさえつける、服従させる」「(人々に)力を振るう、力を及ぼす」などという意をもつに至ったと考えられる。古文ではしばしば「天皇(すめろき)の<しき>ます国の天の下・・」のように、天皇が国を統治するという形で現われる。天皇時代以前は、統治するのは族長や村長であり、神であったであろう。

 

 この意味では二拍動詞「しく(領く、知く、敷く)」が代表的で、「統治する、領土とする」意をもつ。敷物を尻の下に「しく(尻く)」もこれであるが、こちらの方が本来の意味を伝えていると考えられる。

 

 いくつかの”力を振う”意の「し」動詞の動詞図を作ると下のようになるであろう。


し(下)-しく(敷く)-しかす(敷かす)-しかせる
           -しかる(敷かる)-しかれる
    -しす(弑す)
    -しづ(鎮づ)-しづく(雫づく)
           -しづむ(鎮づむ)-しづまる
                    -しづめる
    -しふ(強ふ)-しひる(強ひる)
    -しぶ(縛ぶ)-しばる(縛ばる)-しばらる-しばられる
           -しぼる(搾ぼる)-しぼらる-しぼられる
    -しむ(占む)-しめる(占める)-しめらる-しめられる
    -しる(領る)-しらす(領らす)-しらせる-しらせらる-しらせられる


「しす(殺す・弑す)」は「死なせる、殺す」意である。「しぬ(死ぬ)」は、他動詞の「しす」に対する自動詞とも見られるが、筆者は「しぬ」は「yiぬ(去ぬ・往ぬ)」の(y-s)相通語と見ている。
「しづ(鎮づ)」は騒動や騒乱を武力で鎮める、鎮静化させる意である
「しふ(強ふ)」は今日の「強いる、強制する」である。
「しむ(占む・標む)」で、領地を示す「しめなわ標め縄」に見られるように、土地を占領することを言う。
「しる(領る・知る)」は統治するの意味で、「神空にしろしめす」という言い方で今日に残っている。

 

 上記の例語をすべて「し(下)」に結びつけるより、「し」を動詞「す為(-すぶ/する)」の名詞形と見る方が無理が少ないかも知れない。いずれにせよ力を振って何事かをすることには違いはない。完