和語の中の「て(手)」(034)

 身体部位語の「て(手)」は、もちろん渡り語のひとつで、理屈上は「た/ち/つ/て/と」と考えられる。しかし実際に和語の中にどのような形で潜んでいるのかはなかなか分かりづらい。将来的にはすべての「た」行語、語中に潜む「た」行語の分析が必須となるが、ここでは個人による片手間作業であり、そこそこの探索しかできていない。


 これは、縁語グループとは言えず、やはり「て(手)」の全ての渡り語がつくる「て」語群とでも言うべきものと考えられる。全ての語についてかかる語群作りを行うことなく、国語辞典作りもないであろう。

 

【た】
た(手)-たく(手く)=たたく(叩たく)-たたかふ「戦ふ」
                    -たたかる-たたかれる
           -たくす「たくしあげる」
    -だく(抱く)(イ接:いだく、ウ接:うだく、ム接:むだく)
    -たつ(立つ)-たたす(立たす)-たたせる
           -たたる(立たる)-たたれる
           -たてる(立てる)
    -たつ(断つ)(「裁つ、絶ふ、絶ゆ」)
    -たむ(手む)=たたむ(畳たむ)-たたまる-たたまれる

 

タ(手)接:
たぐる(た手+くる繰)
たすく(た手+すく助)
たもつ(た手+もつ持)

 

「た(手)」名詞:
たかび/たかみ手柄、たくさ手草、たごし手越、たこむら手腓、ただま手玉、たぢから手力、たつき/たすき手襁*襷、たづな手綱、たなうら手裏*掌、たなごころ手心*掌、たなすゑ手末、たなそこ手底、たなまた手股、たなれ/てなれ/てだれ手馴、たのごひ/てぬぐひ手拭、たひ手火、たぶさ手房、たまき/てまき手巻*環、たまくら手枕、

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 「たつ(立つ)」が「手」語であることは奇妙に感じられるかも知れない。しかしこれは本来「(手で)立たす、立ち上げる」意であるとするとすべて納得がいく。横になっているものを「立たす、立てる」のは「手」で行う行為であることを考えれば「たつ(手つ)」が納得できる。「たつ」と言えば直ちに「し/あし(足)」を連想するのであるが、「たつ」は「し(足)」語ではないことも裏側から「たつ(手つ)」を支持するであろう。

 

 「裁つ、絶ふ、絶ゆ」の切断や絶滅の三語は、手で絶やすものとしてここに置いてみた。しかし、この三語を独立の「た」語として扱う方が妥当かも知れない。ただし今のところ「た」の意味は不明である。

 

【ち】

 

【つ】

つ(手)-つく(手く)-つかふ(使かふ)-つかはす-つかはせる
                    -つかはる-つかはれる
                    -つかへる
           -つかむ(掴かむ)-つかます-つかませる
                    -つかまふ-つかまへる
                    -つかまる
           -つくる(作くる)-つくらす-つくらせる
                    -つくらる-つくられる
                    -つくろふ-つくろはす-つくろはせる
           -つける(付ける)-つけらる-つけられる
    -つく(突く)=つつく(つ突く)
                             -つかす(突かす)-つかせる
           -つかる(突かる)-つかれる
    -つぐ(継ぐ)-つがす(継がす)-つがせる
           -つがる(継がる)-つがれる
    -つす(  )
    -つず(  )
    -つつ(伝つ)-つたふ(伝たふ)-つたはる「てつだふ(手伝ふ)」
                    -つたへる
    -つづ(綴づ)-つづる(綴づる)
    -つぬ(  )
    -つふ(費ふ)-つひゆ(費ひゆ)-つひやす
                    -つひyeる
    -つぶ(潰ぶ)-つぶす(潰ぶす)-つぶさる
           -つぶる(潰ぶる)-つぶれる
    -つむ(摘む)=つづむ(約づむ)
           -つまむ(摘まむ)
    -つゆ(費ゆ)-つyiゆ(費ひゆ)-つyiやす
                    -つyiyeる
    -つる(連る)-つらる(連らる)-つられる「釣る」
           -つるむ(連るむ)
           -つれる(連れる)
    -つwu(  )
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 「つ」が「て(手)」の渡り語のひとつであることは疑いない。二拍動詞「つく(手く)」は、おそらく手作業全般を言う語であったであろうが、余りに意味範囲が広かったためか、或いは「突く」にその座を譲ったためか、今日に残らなかった。しかし三拍動詞以降は意味が細分化されて「(手で)つかふ、つかむ、つくる、つける」などとして今日も活発に使われている。

 

 「突く、摘む」などは「つ(爪)」で「つく、つむ」のか「つ(手)」で「つく、つむ」のか判別が難しい。

 

 「杖」が「つえ」か「つye」か「つゑ」かはおいて、語頭の「つ」は、おそらくここの「手」であるであろう。

 

【て】

〔「て手」のつく語は非常に多く、ここでは一部を掲げるにとどめる〕
てがた手形、てがみ手紙、てがら手柄、てぎは手際、てくだ手管、てだすけ(て手+た手+すけ助)、てだて手立、てなみ手並、てならひ手習、てびき手引、てびろ手広、てま手間、てまへ手前、てもと手許、

うで腕、こて籠手、すで素手、そで袖、ただて直手、たまで/またまで真玉手、ふで筆、

 

【と】
と(手)-とく(解く)
    -とぐ(砥ぐ)-とがる(尖がる)-とがらす-とがらせる
    -とす(  )
    -とず(  )
    -とつ(  )
    -とづ(閉づ)
    -とぬ(  )
    -とふ(  )
    -とぶ(  )
    -とむ(止む)
    -とゆ(  )
    -とる(採る*取る*捕る*獲る*盗る*撮る*執る*摂る*録る)-とらす/とらる/とれる
    -とwu(  )

 

ト(手)接:
とぎる(と+きる切)
とだゆ(と+たゆ絶)
とつぐ(と+つぐ継)
とどく(と+とく着)
とどむ(と+とむ止)
ともす(と+もす燃)
とよむ(と+よむ揺)

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 ここでの最大の話題は二拍動詞「とる」である。あらゆる場面でものを「手」で「手る」のである。「つる」と補完関係をなしているようである。

 

 上記のト(手)接語にはさまざまな異論が予想されるが、「と(手)」も十分考えられるところから掲げてみたもの。完