「色の名前」 (50)

 和語における”色の名”の問題は、古く明治時代に新村出によって論じられた「色彩空談」が最初という。そのことを指摘した佐竹昭広が「古代日本語における色名の性格」(1955年)によってさまざまに議論し、以来連綿として今日に及んでいる。佐竹昭広は、古代人の生活において重要な染料や顔料、また光の認識や周辺諸語にも渡って縦横に論じ、結論として和語における色の名としては「アカ、シロ、アヲ、クロ」の四語があるのみとした。

 

 和語の色の名の中心が「あか、しろ、あを、くろ」であるかどうかはともかく、ここでは難しい議論はさておいて、語学に限定して、ごく単純に援用を含めた古人の色の表現をとり出して並べ、その由来を探ってみることとする。

 

1)「あか(赤)」


 「あか赤」は単純語ではなく、ア接語「あ(接頭語)+か(赤)」である。あまりに身近な語であるのでわれわれは検討する余裕もなくしているが、仔細に見るとそのことがはっきりする。「あか」は本来一拍語「か」であった。この「か」は、現代では「(怒りが昂じて)かっとなる、かっかする、(怒りや恥辱で)まっかになる、(花や実が盛りを迎えて)まっかである」の「か」である。童謡に「まっかっかっか空の雲、みんなのお顔もまっかっか」とあるように、「か(赤)」である。これが接頭語「あ」をとったア接語に「あかし、あかるし、あかるむ」などの「あか」語がある。


 ところでこの「か」は、単独であるのではなく、他の多くの例のように、一連の渡り語「か/き/け」のひとつである。「き」は、これも接頭語「き」をとって「あき(秋)」となっている。全山紅葉の秋を言っている。「け」も同じく「あけ(明*朱)」となって「あか」の別の面を表現している。

 

2)「き(黄)」


 「きいろ(黄色)」の「き」である。渡り語「き/く/こ(黄)」をつくり、「くがね黄金」「こがね黄金」などと使われている。これは接頭語も接尾語もとらず、そのままの形で今日に残っていると見られる。万葉集に「しろがねもくがねも玉も何せむにまされる宝子にしかめやも」の山上憶良の有名な歌がある。

 

3)「くろ(黒)」


 「くろ黒」は本来の一拍語「く」が接尾語「ろ」をとったものである。接尾語の種類によって「くら(暗)」、黒い石をいう「くり(涅)」、空が暗くなる意の「くる暮-くらす/くれる」、日の「くれ(暮)」、そして本番の「くろ(黒)」である。和語の「く」の音には暗い、黒いイメージがつきまとっており、「くるし(苦)」がここに入るとしても抵抗はない。

 

4)「しろ(白)」


 これは白色、或いは無色をいう渡り語「さ/し/す/そ(白)」のひとつと考えられる。「さ」は「さら新*更」「さらっぴん」の「さ」である。続いて「しら/しろ白、しろぎぬ白絹」、「すあし素足、すがほ素顔、すで素手、すやき素焼」、また「そぢ素地」のように、白いもの、また色には関係なく出来立てのもの、何もついておらず地肌がむき出しになっているものなどについて渡り語「さ/し/す/そ」が成立している。ただし「す」「そ」については漢語(漢字)「素」ではないかとの見方があるようであるが、「す」は和語として問題なく、「そ」も和語の渡り語から除外する理由はない。

 

 「しろ白」が「いろ色」に転じたことは別に述べた。

 

5)「に(丹*土)」


 この「に」は、土をいう渡り語「な/に/ぬ/の(土)」のひとつの「に」である。「はに」の「に」であり、異形(縁語)「へな」の「な」である。ところで「に/な」はただの「土」の意で、色には無関係のはずであるので、「はに/へな」が「赤い土」を意味するということであれば「は/へ」に「赤い」意がなければならない。この点を追及する手段は今のところない。


 ところがいつの間にか「はに/へな」が「赤い土」と解されるようになり、「赤い」意の丹が生まれたのかも知れない。

 

6)「みどり(緑)」


 これについても別に記したが、「みどり」の「みど」は”水”の本来語である「つ」の時代的変化、「つ→みづ→づ」のうちの「みづ」の異形である。「みどり」はあくまで「みづみづし」い情況を言っている。「みどりいろ」は「みづいろ」にほかならず、「みどりのくろかみ」は水に濡れたようなつやつやしい髪、「みどりこ」は生まれたばかりの乳児を言うであろう。

 

7)「あゐ(藍)」「あを(青)」


 「あゐ」と「あを」は(&w)縁語であり、藍色と青色は同色か、或いは近似した色であったであろうと思われる。青藍色である。「あゐ」と「あを」には(&-s)相通語「さゐ」「さを」があり、「あゐ」「あを」はア接語「あ+ゐ藍」「を青」であると同時にサ接語「さ+ゐ藍/を青」でもあることを示している。そうとすれば、本来は一拍語「ゐ/を」である。これがおそらく色の原料となる外来種の草であったとされている。よく知られているように「くれなゐ(紅)」は「くれのあゐ(呉の藍)」の縮約語とされている。これが国内で栽培されるようになり、その草の名前もいつか「あゐ」「あを」と長語化し、さらに「さゐ」「さを」と変化した。もうひとつ「あぢさゐ(紫陽花)」がある。「あづさゐ」の形もある由で、この花の色である「さゐ」を言っているであろうが、「あゐ/あを」の謎を解く鍵になる語と思われる。