「隠しどころ、隠しごと」の名称 (51)

 和語にも、当然のことながら、人体の隠しどころ、世の隠しごとに関わる一群の言葉がある。和語辞典としてはいつまでも隠しておくわけにはいかないので、現状分かる範囲でまとめておきたい。これらはどこでもおもしろおかしくあげつらわれるのが常であるが、ここでは面白くもおかしくもないことをあらかじめお断りしておく。

 

 ここで考える対象は、記紀、特に日本書紀におけるいざなきの命といざなみの命による国生みの場面に現われる秘語の数々である。いくつかの鍵となる語があり、それらからひとつひとつ見ていきたい。

 

1)「くな」

 

 この語は、正体不明のままさまざまな熟語を作り、さまざまに解釈されている。代表は「かたくな」である。「かたくな(堅管*愚癡)」は現在でも”融通のきかない頑固者”の意で広く使われているが、古くは「おごり、たかぶること。わがまま勝手なふるまいをすること」(日国)の意として12世紀の大唐西域記の用例を引いている。

 

 また「くなふり/にはくなふり(鶺鴒)」は「くなを振る」「(庭で)くなを振る鳥」の意で、日本書紀などの古訓に見られる鶺鴒(せきれい)の古名という。神代紀上にはこの「にはくなふり」の別名として「とつきをしへとり、つつなはせとり、つつまなはしら、とつきとり」などの異名が挙がっている。

 

 ここに現われた「くな」とは何か。これは、聞けば何ということはなく、パイプを意味する二拍語「くだ(管)」の(d-n)相通語「くな」である。「くな⇒くだ」のような(n-d)相通語の例には「しな(時)⇒しだ」や「のく(退く)⇒どく」などがある。また「くな、くだ」の語頭拍「く」は、「くき茎、くし串*櫛、くじ籤、くひ杭、くび首」などに見られるように、”長いもの、細長い物”を意味すると考えられる。つまり「くな、くだ」は”陰茎”そのものを意味している。「くな」が「くだ」の先行形と考えられる。「くだ」については「くだたま(管玉)、くだのふye(角笛)」などの古語が知られている。「くだたま管玉」は、紐を通して首飾りにする穴の開いた細い小さな玉石やガラス製の筒で、縄文遺跡から出土する。「くだのふye」は獣の角を刳り抜いて笛に仕立てたものであろう。「くな/くだ」の語末の「な/だ」は未だ特定できない。

 

「かたくな」「くなぐ」「くながひ」「くなふり」

 

 「くな」が陰茎と判明したことによって、先ず上記「かたくな」が氷解した。言うまでもなく”堅い陰茎”である。上記の漢字表記にある”堅管”である。次に「くなぐ」は、二拍語「くな」が動詞語尾「ぐ」をとって三拍動詞化したものであろう。直截的に男から「くな」を振って”交合する”意と見てよいであろう。「くながふ/くながひ」はそのハネ動詞と見ることができる。ただ「くながひ」については、語形からは「くな」と「くな」を”交わす”ととれるがこれでは意味をなさないので、「くな」と後述の「と」を交わす意ととっておく。さらに「くなふり/にはくなふり(鶺鴒)」は、おそらく鶺鴒がその頭と尾を上下に振るさまを勃起した陰茎を振ることに重ねているのであろう。ただ”陰茎を振る”ことの実際的な意味はよく分らないが、象徴的な話と受けとっておく。

 いざなきの命、いざなみの命の二神は、”鶺鴒”が頭と尾を揺り動かすところを見て「とつぎのみち」を知ることになったとされている。

 

 余談であるが、各地の縄文遺跡から出土する大小の丸い石棒は、これは「くな/くだ」にほかならないであろう。和語の源流問題はひとまずおいて、和人の社会では「くな」が表立って、多産の祈願だけでなく、さまざまな役割を果たしていたであろうことが想像される。

 

2)「(くな)たぶれ」

 

 もうひとつ「(くな)たぶれ」という鍵になる語がある。日国は「頑固で愚かなこと。かたくなでものぐるおしいこと。また、その人」としている。また諸辞書では「気が狂う、狂心(たぶれこころ)、狂人(たぶれびと)」などと解かれている。「くな」は解決したとして、「たぶれ」とは何か。

 

 「たぶれ」を単純に三拍動詞「たぶる」の名詞形と見ると直ちに「(たぶる-たぶろく-)たぶらかす/たぶろかす(誑す)」が思い浮かぶ。山道で狐が旅人を”たぶろかす”であるが、この「あざむく、だます」と「(くな)たぶれ」とは遠すぎる。その他諸説あるが、どれも受け入れ難い。

 

 だが「たぶる-たぶれ」には(t-n)相通形の「なぶる-なぶれ」が考えられる。現在では「嬲る」という面白い漢字が当てられている。意味は「いじめる」に近いが、古くは「手でもてあそぶ」意という。

 

た(手)-たぶ(手ぶ)-たぶる/なぶる(   )

 

とでも考えるのであろうか。そうとすれば「くなたぶれ」とは「くな」をもてあそんで女に迫る男といった意になるのであろう。

 

 「たぶれ」を見て、もうひとつの可能性はタ接語である。二拍動詞「ふる振」のタ接語「たふる(た+ふる振)」の名詞形「たふれ」と見ることである。二拍動詞のタ接形は「たすく助、たたふ賛、たのむ頼、たもつ保、たよる頼」などたいへん数多い。そのひとつの「たふる-たふれ/たぶれ」と見ることができないかということである。つまり「くなたぶれ」とは、上記の「くなふり」と同じ語形、同じ意味で、”陰茎振り”ということになる。

 

 最後の、そして最も蓋然性が高いと思われるのがこの時代に広く使われていた「たは」語とすることである。今日の「たはけもの(戯け者)」の「たは(け)」である。

 

 子音コンビ(th)で括られる語群にはいくつかあるが、そのひとつに「たはし、たはく/たはけ婬*婚、たはけもの、たはごと戯言*狂言、たはわざ戯業、たはぶる/たはむる戯/たはむれ-たはむれる、たはる、たはれめ戯女」がある。また古事記中巻には「うしたはけ牛婬、うまたはけ馬婬、おやこたはけ親子婬、とりたはけ鶏婬、ゐぬたはけ犬婬」の「たは」語が列挙されている。名詞「たは」にもとづく語群で、動詞図は「たは」が動詞語尾をとった後のみとなる。

 

た( )-たは(  )-たはく(   )-たはくる
                    -たはける
           -たはむ(   )-たはむる(戯むる)-たはむれる(戯むれる)
           -たはる

 

 「(くな)たぶれ」の「たぶれ/たふれ」を上記「たは」語のひとつと見るのである。「たふる/たふれ」の形では出て来ないが、これを上記(th)語群に属するとすることには何の問題も抵抗もない。「くなたぶれ」は、結局「くな」を弄する「たはけもの」の意ということになるであろう。

 

3)「つつ」

 

 鶺鴒(せきれい)という小鳥の和名が「つつ」である。また「つつ(筒)」は、「竹つつ」の形で竹取物語に登場する古語で、言うまでもなく「くな/くだ(管)」と同じパイプを指す。「つつ」と「くな」との違いは明らかでないが、「つつ」鳥の名が「つつ(筒)」と重なり、それが「くな」を連想させて、和語の世界のエロティシズムを形づくっていたであろう。

 

4)「と」

 

 片や女の方は「と」に尽きるようである。女陰である。”戸、門”などの漢字が当てられる。「と(処)」との絡みも考えられるが、ここはやはりそれとは別の「と(戸*門)」と見るべきであろう。「と」が単独に使われることはなく、「ほと」「みと」「みほと」などと使われる。いずれも「と」に特別の関心をもつ男からなる言い方であろう。「ほと」には「火門*火戸」などと宛てられることもあるが、「ほ」は、火に限らず、「秀、穂、帆」などと対象を持ち上げる際につける音であるであろう。「ほと」には「ほそ/ほぞ」という(t-s)相通形がある。

 

 「と」を含む語に「とつぐ(嫁ぐ)」がある。「とつぐ(戸継*門継)」の意ととされているが、もうひとつ釈然としない。「とつく(戸突く)」であれば何とか理解できるが、「とつぐ/とつぎ」では意味をなさないのではないか。強いて言えば、「と」と「くな」を”継ぐ”ということか。「とつぎをしへどり」「とつぎのみち」ははっきりと”交合の仕方”の意である。不詳とするほかない。この語はそのまま”嫁入り”の意に転じて今日も普通に使われている。

 

 「と」語にはさらに「となめ(臀呫)」がある。これは「蜻蛉(あきつ)のとなめのごとくにあるかな」とあるように、人のすなる”となめ”が転用されたものと思われ、往時は露骨な表現とはされていなかったのであろう。「となめ」には別に「戸並め」と漢字表記される語があり、これは「やなみ(家並)」と類似の意と考えられる。

 

4)「(みとの)まぐはひ」

 

 上記「とつぎ」の類語に「まぐはひ」がある。これが「みとのまぐはひ」と使われているのが釈然としない。「まぐはひ」は”交合”の意とするほかないが、それに「みとの(女陰の)」が被さって来ると全体としてどのような意味になるのか不明となる。

 

 「まくはふ/まくはひ」について、まず考えられるのは”共寝して女性を抱く(日国)”意の二拍動詞「まく/まぐ」のハネ動詞という線である。しかし「まく」には「めまく(女枕く)」という用例があるところから、「まく」は単に”枕する、寝る”意かも知れない。そうとすれば「みとのまぐはひ」が何となく理解できる。何はさておき動詞図である。

 

ま( )-まく(枕く)「めまく」
    -まぐ(枕ぐ)-まぐふ(枕ぐふ)-まぐはふ「まぐはひ」

 

 ここでは漢字に”枕”を当てたが特に意味はない。これで見ると、「まく」の列はすっきりしているが、「まぐ」の第二列は無理をして作ったような感がする。しかも四拍語は長すぎる。

 

 もうひとつ考えられるのはマ接語としての「まぐはひ」である。もとの語は「くはふ」となる。

 

く( )-くふ(口ふ)-くはふ(咥はふ)-くははる「マ接:まぐはふ/まぐはひ」
                    -くはへる

 

 さて、これで「みとのまぐはひ」が解釈できるかどうか。無理をすれば「と」が「くな」を咥えることと解せなくもないが受け入れ難い。

 

 以上、どれもすっきりしないが、現状考えられるところはこの程度であるであろう。新たな提案や新解釈を待つこと切なるものがある。