一拍語「ふ」は、さまざまな意味がある中で、”上から力が加わる/力を加える”という意味をもつ。具体的には、この「ふ」が動詞語尾「く」をとって「ふく」となると、家の屋根を草や樹皮で覆う「葺く」の意味をもつ。また動詞語尾「す」をとると「ふす(臥す)」となる。「ふむ(踏む)」となれば、これははっきりと上から力を加えることを示している。上から足を下ろしてその下にあるものを「踏む、踏みつける」意である。なお「ふむ」には「ほむ(践む)」という異形語の存在が知られている。最後は「ふる」でこれは間違いなく「降る」である。空から雨が”降っ”てくる。
ところでこの「ふ」は、動詞語尾をとるだけでなく接頭語をもとって自らの意味を拡張している。まず接頭語「お」をとって二拍動詞「おふ」となり、これが今日の「覆う」意味をもっていることはその後の長語化の過程を見ることによって確実である。「おふ」は力をもって抑えつけることであるが、まさに次の段階で「おほふ(覆う)」とともに「おほす(仰ほす)」をはね出している。「おほす」は「きみ君」のような有力者の下位者に対する発言を言っている。「おふ-おほす」は力による上からの”押しつけ”にほかならない。また接頭語「た」をとって「たふ(倒ふ)」が生まれた。今日の「たふす(倒す)、たふる(倒る)-たふれる(倒れる)」である。
この四語「ふく葺」「ふす臥」「ふむ踏」「ふる降」並びに「おふ覆」「たふ倒」の動詞図を作ってみると、下のようなきれいな図が描ける。余談にわたるが、これは無駄なくきっちりまとまったまことに日本的な美を見せているであろう。これはおそらく自然言語であるからこそ見られる現象で、自然は、風景もそうであるが、本来このような美しい仕組みをつくり上げるようにできている。このような形式美は、和語の全体を通して至るところで見られる。
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ふ(力)-ふく(葺く)-ふかす(葺かす)-ふかさる-ふかされる
-ふかせる
-ふかる(葺かる)-ふかれる
-ふす(臥す)-ふせる(臥せる)
-ふむ(踏む)-ふます(踏ます)-ふませる
-ふまる(踏まる)-ふまれる
-ふる(降る)-ふらす(降らす)-ふらせる
-ふらる(降らる)-ふられる
オ接:ふ⇒おふ(覆ふ)-おほす(仰ほす)-おほさる-おほされる「おっしゃる」
-おほふ(覆ほふ)-おほはす-おほはせる
-おほはる-おほはれる
タ接:ふ⇒たふ(倒ふ)-たふす(倒ふす)-たふさる-たふされる
-たふる(倒ふる)-たふれる
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なお、上から力が加わってその結果下にあるものが”へこむ凹、へす、へる”のように「ふ」とともに渡り語をなす「は/ひ/へ/ほ」の存在が考えられるが、それらについてはここでは触れない。
完