和語における”加熱・燃焼”語は、「たく(焚く/炊く)」と「やく(焼く)」に「むす/むる蒸」「もす/もゆ燃」であろうか。それらがどのように使い分けられていたかはなかなか難しい。ここでは後者のマ行渡り語をとり上げる。本来はマ行全段にわたって使われていたであろうが、今日判明しているのは火炎を伴わない「むす/むる」と燃焼させる「も」語である。以下ざっと動詞図を描いて見るが、注目すべきは多彩な前接語で、和語の中でおそらく最も多くの種類の接頭語をとる。
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む(蒸)-むす(蒸す)-むさる(蒸さる)-むされる「むしむし」
-むる(蒸る)-むらす(蒸らす)
-むれる(蒸れる)
め(燃)「めらめら」
も(燃)-もす(燃す)-もさる(燃さる)-もされる「もぐさ(艾*燃草)」
-もゆ(燃ゆ)-もやす(燃やす)-もやさる-もやされる
-もゆる(燃ゆる)
-もyeる(燃yeる)
ぼ(燃)-ぼゆ「ぼや(小火)」
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ア接:あぶ(焙ぶ)-あぶす(焙ぶす)
-あぶる(焙ぶる)-あぶらる-あぶられる「あぶら(油*脂)」
イ接:いぶ(焙ぶ)-いびる(焙びる)-いびらる-いびられる
いぶ(燻ぶ)-いぶす(燻ぶす)-いぶさる-いぶされる「いぶせし(鬱悒シ)」
-いぶせむ「いぶせみ(悒憤)」
-いぶる(燻ぶる)-いぶらる-いぶられる
ク接:くぶ(燻ぶ)-くばす(燻ばす)
-くばる(燻ばる)
-くぶす(燻ぶす)
-くべる(燻べる)-くべらる-くべられる
クス接:くすぶ(燻すぶ)-くすぶる
-くすべる
-くすぼる
くすむ(燻すむ)
フス接:ふすぶ(燻すぶ)-ふすぶる「ふすべ燻」(k-h相通形)
-ふすべる
-ふすぼる
ケ接:けぶ(煙ぶ)-けぶす(煙ぶす)-けぶさる-けぶされる
-けぶる(煙ぶる)-けぶらす-けぶらせる
けむ(煙む)-けむす(煙むす)-けむさる-けむされる
-けむる(煙むる)-けむらす-けむらせる「けむり(煙)」
ス接:すぶ(煤ぶ)〔大穴牟遅神に対して鼠が言った「内はほらほら、外はすぶすぶ」の「すぶ」はこれか〕
ト接:とぶ(灯ぶ)-とぼす(灯ぼす)-とぼさる-とぼされる
-とぼる(灯ぼる)
とむ(灯む)-ともす(灯もす)-ともさる-ともされる(b-m相通形)
-ともる(灯もる)
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上に見るように、この燃焼を言うマ行/バ行渡り語は、全段にわたって存在した。そのそれぞれの一拍語が「あ」「い」「く」「くす/ふす」「け」「す」「と」と七つもの接頭語をとって実に華麗な燃焼語群を形成している。これまでの国語辞書ではばらばらに扱われている多くの語がここにきれいに整序された。
残るひとつ問題は、「はぶ-はぶる」の扱いである。これの類語に「(遺体を)はふる」があり、これを遺体を墓に埋葬して立ち去るほどの意とすると、「はぶる」は別語と見ざるを得ず、ここのハ接語「は+ぶ」(火葬する)の可能性が出てくる。だが今はこれ以上のことは言えず、「はふる」「はぶる」ともに、同語か別語かも含めて、不詳語として残すほかない。
完