「こゑ(声)」と模写語 (74)

 人間の喉の奥から出る音のことを和語では「こゑ」と呼んでいる。日国の「こえ(声)」の語源説欄にはその由来についてさまざまな説が上がっているが、どれもいただけない。ここはきちんとローマ字化によって子音コンビを押さえ、縁語関係を見通すことが求められる。もっとも江戸時代の論者にそれを求めるのはいささか難しいかも知れないが。

 

 「こゑ」は、(kw)語であり、和語にある一群の(kw)縁語群「かわ/こわ/こゑ/こを」のひとつである。これらは特定の音を模する模写語と考えられる。

 

かわ:かわらかわら
 (古語である。「かぎ〔鉤〕・・よろひ〔甲〕にかかりて”かわら”と鳴りき」記応神。三拍動詞「かわく(乾く)」はこの「かわ」をもとにしていると考えられる。「乾いた音」という言い方があるが、「かわら」はこの乾いた音のことを言うのであろう。)
こわ:こわいろ声色、こわさま声様、こわつき声付、こわね声音
こゑ:こゑ声
こを:こをろこをろ
(これも古事記に見える。「しほ〔潮〕”こをろこをろ”に掻きな〔鳴〕して」記神代。)


 だが「こゑ」は喉から出る音のもともとの名前ではない。和語で”声”を言う本来の語は、証拠はないが、おそらく最初の語は一拍語「ね(音)」であったであろう。これの縁語に「な(泣く/鳴す)、の(告る)」のナ行一拍語がある。一拍語「と(音)」は、声以外の一般の音の意で「ね」とは異なる。(だがもう一段さかのぼれば、タ行語とナ行語は重なって来る可能性はある。)この「ね」が、いつのころか、どのような契機か、模写語「こゑ」にとってかわられた。つまり「こゑ」は命名語ではない。

 

 ”声”には「民の声」や「鶴の一声」のような表現があるところからも”声”が声の本質である”音”のことを指しているのではないことを示していると言えるかも知れない。

 

 ところで三拍動詞に「さわく/さわぐ(騒ぐ)」があるが、これは模写語「さわさわ、ざわざわ」をもとにした(sw)模写語起源の語である。「そわそわ」は、おそらくこれが本来の語形で、「そはそは」はその後の「そわ」の変化形と考えられる。

 

 こうして見ると、(kw)語と(sw)語の二系列のよく似た模写語があり、前項の(k)と(s)は接頭語で、真の音の意は後項のワ行語である可能性もある。そうとすれば前述の「ね(音)」説は疑わしくなり、逆に「こゑ」本来語説が浮上する。本来のワ行語が時間の経過につれてカ行接頭語をとるに至ったと考えられるからである。

 

 模写語「かわ/こわ/こゑ/こを」については、同じカ行拍で始まる「かさかさ」「かたかた」「かなかな」「からから」などと合わせて、それぞれの音色や意味するところを考えなければならない。

 

 「こゑ」は、和語に根深く存在し解明を迫られている”模写語”起源の語(音語)と模写語によらない一般の”命名語”との区別や関係を問うものでもある。模写語の存在が和語の解釈を難しいものにしている。(ここに模写語というのはいわゆる”擬音語、擬態語、擬情語・・”をひっくるめて言うもので、牧野成一氏の用語を借用している。)完