二拍語「から」を始めとする(kr)語は、どれも歯切れのよい音で快く耳に響き、和人が特に好んだようである。子音コンビ(kr)からなる語は非常に数が多く、模写語ではもっとも多い。二拍語に限ると全部で次の25通りある。
から かり かる かれ かろ
きら きり きる きれ きろ
くら くり くる くれ くろ
けら けり ける けれ けろ
こら こり こる これ ころ
子音コンビ(kr)を含む三拍語、四拍語となると場合を尽くすことはもう人の手に余る。
日国では、(kr)語のうち「から」については、さまざまな「から」を数十の場合に分けて説明している。漢語や外来語を含めるとそのようになるのかも知れないが、ここでは”和語のすがた”を突きとめようとする立場から、和語の二拍語「から」を捉え直して見たみたものである。和人は「から」にどのような意味を託したか。
1)体躯を言う(kr)縁語群「から/くろ/ころ(体*躯*柄)」
から「からだ体*躯;おほがら大柄、こがら小柄、なきがら亡骸、ぬけがら抜骸、みがら身柄」
くろ「くろ幹*躯;おふくろ母親、どくろ髑髏、むくろ躯*骸」
ころ「ころ幹*躯、ころたつ自立、ころふす自臥、ころも柄裳*衣:こころ心、ふところ懐、みごろ身頃」
上記の「から/くろ/ころ」は、体躯・身体を言う(kr)縁語群をつくり、これで一語である。上記のうち”くろ”の「おふくろ」「どくろ」は不詳なるも当たらずとも遠からずと思って入れてみたもの。「こころ」は、語の成り立ちからは、「ここ+ろ」は考えにくいので、(1)「ころ」の頭積形か(2)「こ+ころ」のいずれかと考えられる。「ころ」の「こ」は”体躯”でありそれの重積した「こころ」は意味の上から難しく、残る「こ+ころ」に依るほかない。前項の「こ」を何と見るかが悩ましいが、ここは骨肉である身体の中に、和人は別に「こ」なる人格があるとしていると見ておく。この「こ」は”小”でも構わない。「小柄」である。なお古語の「もころ(如・若)」を合わせ考える必要があると思われる。
2)人間関係
「いとこがら従兄弟柄、ともがら共柄、はらから腹柄、ままがら継柄、やから屋柄*家柄、wuから/すから親族」
この「から」は”関係”であり、上記の”体躯”そのものを言う「から」と同一視することはできないであろう。「はらから」は「はら(腹)」を同じくする関係であろう。「ままから」「ままはは」「ままこ」の「まま」は不詳である。見当がつかない。
問題は最後の「wuから/すから(親族)」である。「wuから」は「血縁の人々の総称。血族。親族。親類。一族」(日国)とあるが、”血筋”に乗っている人という意味で正解と思われる。
別の項で触れたが、「wuから」の「wu」は「wuぢ(氏)」の「wu」と考えられる。「wuぢ」はその(w-s)相通語である「すぢ(筋)」により”筋・血筋”の意であることが分かる。両方に共通の「ち/ぢ」は明らかに「みち(御路*道)」のもとの一拍語「ち(道)」であることは言うまでもない。なお日国「うから」の語源説欄に『ウジガラ(氏族)の義〔言元梯・名言通・俗語考〕』という驚くべき洞察がある。(「ウジガラ」は「ウヂガラ」の編集による改悪と思われる。これでは意味をなさない。)
そうとすれば「wuぢ/すぢ」の前項の一拍語「wu/す」の真意は何かとなるが、目下参照可能な国語資料からは特定は難しい。ここは用例から絞り込んで得たであろう日国の言う「血族、親族」のもとをなす「ち(血)」の意ほどに考えておく。
もうひとつの問題は、「wuぢ(氏)」に(w-s)相通語「すぢ(筋)」があるのと同様に「wuから」にも相通語「すから」がある。古事記に用例と思われるものがあるが、これも不詳である。
3)殻・外殻
「かきがら牡蠣殻、かひがら貝殻、そばがら蕎麦殻、まめがら豆殻」
貝や豆など、食物の中身を取り除いたあとの外殻である。これは模写語「からから」と無関係とは思われない。
4)鳥 「から/くら/くろ/けら/けり」
「から(こがら小雀、やまがら山雀)、くら/くろ(つばくら/つばくろ)、けら(あかげら、あをおげら、こげら)、けり鳬(たげり田鳬)」
これも「から/くら/くろ/けら/けり」で一語である。鳥の名前は、この(kr)語鳥のほかに、「かけす鵥、うぐひす鶯」などの「す」鳥、「かもめ鷗、つばめ燕」などの「め」鳥と、非常に特徴的である。私にはこれらとよく似た名前をもった鳥がアジア大陸南部から南洋諸島にかけて、どこかにいるように思われてならない。ちなみに鳥以外の動植物の名前にこのような特徴を見出すことは難しい。
5)品格*柄
「いへがら家柄、かむがら神柄、くにがら国柄、ことがら事柄、てがら手柄、ひとがら人柄、やまがら山柄、ゑがら絵柄」
この「から/がら」は、今日の言葉では”品格”であろう。”着物の柄”と言えば今は図柄のことになっているが、本来はその図柄の品の良さ悪さを言ったと思われる。「ゑがら(絵柄)」ともある。「てがら(手柄)」は不詳なるもここに置くほかないが、「あしがら(足柄)」があり悩ましい。
6)細い棒・持ち手
「あはがら粟柄、yiながら稲柄、をがら麻幹」「やがら矢柄、ゆがら弓幹」「からうす柄臼、からかぢ柄楫、からすき柄鋤」
粟や稲や麻などの茎というか幹というか、支柱をなす細い棒を言うであろう。「やがら」はよく分るが「ゆがら」はもうひとつぴんとこない。柄杓のような道具や農具には丸く細長い握り棒がついているが、これも「から」と呼ばれている。ただこれには別に一拍語「ye(枝*柄)」があり、並行して使われている。
7)漢・唐
「からうす(唐臼)、からおり(唐織)、からかぢ(唐楫)、からはかり(唐秤)、からすき(唐鋤)」「からころも(唐衣)」「からたま(唐玉)」「からさえずり(唐囀)」「からびと(唐人)」
「かん」という音がいつか「から」に変わったと考えられるが、その過程の説明がほしい。
8)辛し(塩辛し・辛子辛し)
「しほから塩辛、しほからし;からし、からしお辛塩、からな辛菜;ひりから/ぴりから」
「からし」は本来は一拍語「か」で、「かし」であった。それがいつの頃か「ら」をとって「からし(辛し)」となったが、これは「くし-くるし(苦し)」「wuし-wuれし(嬉し)」「よし-よろし(宜し)」などと同じ現象で、まとめて”ラ入語”と呼んでいる。
9)ぎりぎりの段階、すんで(すで〔時〕)のところ
「からくも、命からがら、からくして/からうじて」
10)空*虚
「からから、からっぽ、からげんき空元気;すっからかん」
11)模写語:乾いた音
「からから、からんからん、からころ」
12)模写語:乾燥状態
「からから、からんからん、かっらから」
13)〔づ”から”〕
「おのづから、てづから、みづから」
14)〔な”がら”〕
「かむ(神)ながら」「日は照りながら雨が降る」
15)理由助詞
「寒い”から”一杯やるか」
16)出発点助詞
「東京”から”大阪まで」
これでは精密さを欠き、錯誤少なからず、ことの半分も尽くしていないであろう。これを手始めに残りの(kr)語についても検討していきたいと思っている。完