失われた「〇る」型二拍動詞 (77)

 下記の五つの二拍動詞「くる【組る】」「くる【食る】」「とる【飛る】」「なる【並る】」「にる【睨る】、ねる【睨る】」は、かつては存在していたものであるが、いつか姿を消して今日には残らなかったものと考えられる。見なれない、また聞きなれない語であるので戸惑うかも知れないが、特に無理のないことは自明のことと思う。

 

--(1)
く( )-くむ(組む)-くます(組ます)-くませる メ接「めぐむ(恵む)」
           -くまる(組まる)-くまれる
    -くる【組る】-くらぶ(比らぶ)-くらべる タ接「たくらむ(企む)」

 

 これらの「く」動詞についてはおおよそ「考え合わせる、気を配る」が本来の意味と思われる。ものを”組み立てる”ような意味はない。そのことはメ接語に「めぐむ(恵む:め+くむ〔組む〕)」、タ接語に「たくらむ(企む:た+くらぶ/くらむ〔比ぶ〕)」があることからも窺われる。どちらも心をよく至らせる意で、その上でそれを踏まえた行動に出ることを言っている。

 

 「くらぶ」の語源説には見るべきものはない。「くらぶ」は「くむ(組む)」と同列の「くる(組る)」のハネ動詞であることは明らかである。九世紀末の新撰字鏡に「ちからくらべ」が初出するも「くる(組る)」の用例が見当たらないところから、その頃には既に「くる」は忘れられていたであろう。

 

--(2)
く(口)-くふ(食ふ)-くはす(食はす)-くはせる
           -くはふ(咥はふ)-くはへる
           -くはる(食はる)-くはれる
    -くる【食る】-くらふ(喰らふ)-くらはす-くらはせる

 

 ここには「かむ(噛む)」や「はむ(歯む/食む)」などを含む大きな縁語群が構成されるのであるが、標題から離れるので別の機会に譲る。だがそのことを踏まえることによって、上記「くふ(食ふ)」と「くる【食る】」の共通語である語頭の「く」は「くち(口)」の「く」と考えられる。

 

 「くらふ」は、日国によれば、早く平安期の文学でも『身分の低いもの(楫取り)が情緒なく粗野に飲食する様子や、動物でも恐怖感を伴うような獣(虎・猫また)が人を食う様子を表わしており、「日葡辞書」でも「下賤な人や動物についていう」とある』。現代語でもそのようであるが、「くふ」と「くる」はいつか役割分担を行ったのであろう。

 

--(3)
と( )-とぶ(飛ぶ)-とばす(飛ばす)-とばせる-とばせらる
           -とべる(飛べる)
    -とる【飛る】「とり(鳥)」

 

 日国「とり」の語源説欄には十を超える語源説が上がっているが見るべきものはない。

 

--(4)
な(並)-なむ(並む)「なみ(波)」
    -なる【並る】-ならぶ(並らぶ)-ならばす
                    -ならべる-ならべらる-ならべられる

 

 諸辞書には「ならぶ、ならべる」とも「なむ(並む)」と関係づける記述はない。

 

--(5)
に(睨)-にむ(睨む)
    -にる【睨る】-にらむ(睨らむ)-にらまる-にらまれる
ね(睨)-ねむ(睨む)-ねめる(睨める)
    -ねる【睨る】-ねらふ(狙らふ)-ねらはる-ねらはれる

 

 諸辞書には「にらむ」「ねらふ」をそれぞれ「にむ」「ねむ」に関連づける視点はない。

 

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 上記は、往時には当然存在した筈の「〇る」型二拍動詞がいつか姿を消し、その次の世代の三拍動詞以降が今日に残っていると考えられる例である。まだほかにもあるであろうことは言うまでもない。

 

 余談であるが、筆者は昔二拍動詞「とぶ(飛ぶ)」の動詞図を作っている際に「”とる”-とり(鳥)」の関係に気がついた。空を飛ぶ”とり(鳥)”が”とぶ(飛ぶ)”に結びつかないのは合点が行かないではないか。「とび」は”鳶*鴟”に固定されている。かねてその由来が気になっていた「とり」であるが、これはどう見ても「とる(飛る)」がなければならないと考えるに至った。

 

 どこかにも書いた覚えがあるが、いつの時代か、二万年前か三万年前か分からないが、小さい子供を抱いた親が空を飛ぶ鳥を指さして「と、と」と言った時代がきっとあったであろう。そう、「鳥が飛んでいる」と言ったのである。当時は鳥が飛んでいるという情景を言うのに「と、と」で必要充分であった。それが長い時代を経て長語化し「とりがとんでいる」と言わなければならなくなった。完