「ひと(人)」 (78)

 現生人類なる生き物は、遅くとも三万七千年前、はじめて日本列島に上陸した。人が来る前は、もちろん無人列島であるが、無数の生き物たちの天国であったであろう。人に続いて後に牛や馬や羊などの外来の生き物がこの国にもたらされた。人間は自分たちの意思で自分たちで筏や舟を作ってそれに乗ってやってきたが、牛や馬や羊などは、その名前とともに別の人たちによって連れて来られたという点で異なる。

 

 この土地に住み着いた人たちは自分たちのことを「ひと(人)」と呼んだ。「ひと」がそれまで大陸にあって父祖が自分たちのことを呼んでいたのと同じ語か、それともこの島々に来て新たに作った語か、新たに覚えた語か。そのあたりが問題である。

 

 それはおいて、では「ひと」とは何か。日国の語源説欄には13説が挙げられている。それによれば、「ひと(人)」を『「ひとつ(一つ)」の意』とするもののほかは、「ひ+と」と分けて見るものがほとんどである。前項の「ひ」には「日、火、霊、秀、一、生」などを宛て、後項の「と」もさまざまに解釈しようとしている。いずれも懸命に考えた跡がうかがわれる。

 

 筆者も「ひ+と」説である。「すけと(助っ人)」「たびと」「はやと」など”人”を「と」で言う例が多く、後項の一拍語「と」が”人”の本来の名前であり、今の段階ではこれ以上追及することは無意味であると考えている。将来的には一拍語についてさらに議論する道が開かれるかも知れないが、今のところはこれで終点だという意味である。だが一拍語「と」がそのまま今日に伝わらず「ひと」と長語化したことについては"語の安定化か"程度しか言えない。そうとしても前項の「ひ」は問題である。

 

 『「ひ」なる「と」』の「ひ」であるが、ここは「ひこ(彦*日子)」「ひめ(姫*媛)」の「ひ」と同じ「ひ」であろうと言うにとどまる。「ひこ」「ひめ」とも未だつまびらかではない。さらに「ひざ(膝)」「ひぢ(肘)」の「ひ」が関係あるかとも思っている。しかし肝心の「ひ+ざ」「ひ+ぢ」の後項が分からないので行きどまりである。ただ「ひざ」の「さ/ざ」は「さら(皿)」の「さ」で、また「さら」は本来は一拍語「さ」で、それは”膝”から来た可能性が高い。「さ(皿)+ら(接尾語)」である。「ひ+ち/ぢ」(肘)については今後の課題である。完