頭積語一覧 (82)

 ”頭積語”とは和語の重要な原理のひとつである”長語化”現象のひとつである。二拍語「AB」は、これが長語化する道は(1)「ABC」「ABCD」と語尾に次々に付加語をとっていくもの、(2)接頭語「〇AB」をとるもの、(3)接尾語「AB〇」をとるものがあるが、(4)頭積語は二拍語「AB」が頭語を重ねて「AAB」と長語化するものである。ほとんど全て二拍動詞に起こるもので、下に見るように「かく-かかぐ」「かむ-かがむ」などである。連濁を起こしているものが多い。

 

 頭積現象は、意味的には、もとの二拍動詞の意味の強調に尽きる。「かむ-かがむ、くむ-くぐむ、こむ-こごむ」「わく-わわく、わる-わわる、をる-ををる」などを見れば歴然である。見方によっては意味をもつ頭拍の重積と連濁による濁音の強い響きの相乗効果を狙って造語されているような印象を受ける。

 

 筆者の動詞図では頭積動詞には便宜的に等号(=)をつけて一般的な長語化と区別している。

 


か( )-かく(掛く)=かかぐ(掲かぐ)-かかげる
    -かぬ(屈ぬ)=かがぬ(屈がぬ)-かがなふ(屈なふ/僂なふ)(⇒かがふ、かがむ、くぐぬ、こごぬ)
    -かふ(屈ふ)=かがふ(屈がふ)-かがふる
    -かふ(支ふ)=かかふ(抱かふ)-かかへる
    -かふ(交ふ)=かがふ(交がふ)(「かがひ(嬥歌)」はこの名詞形か)
    -かむ(屈む)=かがむ(屈がむ)-かがまる
き( )-きす(雉す)=きぎす(雉ぎす)「きじ/きぎし/きぎす(雉)」(「きす」は”雉声を立てる”意か)
く( )-くす(屈す)=くぐす(屈ぐす)「うちくす打屈」「くぐせ(屈背*傴僂)」
    -くつ(屈つ)=くぐつ(屈ぐつ)「くぐつ(傀儡)」
    -くふ(  )=くぐふ(鵠ぐふ)「くぐひ(鵠)」(「くふ」はこの鳥が鳴き声を立てる意か)
    -くむ(屈む)=くぐむ(屈ぐむ)-くぐまる
    -くる(括る)=くくる(括くる)-くくらる-くくられる
    -くる(刳る)=くぐる(潜ぐる)
こ( )-こす(凍す)=こごす(凍ごす)(にこす煮凍/煮凝、頭積語こごす)
    -こつ(言つ)=こごつ(言ごつ)「こと言-こごと小言」
    -こぬ(屈ぬ)=こごぬ(屈ごぬ)-こごなる「こごなる跼」「こごなりかがむ跼屈」
    -こむ(籠む)=こごむ(籠ごむ)-こごめる
    -こゆ(凍ゆ)=こごゆ(凍ごゆ)-こごyeる
    -こる(凝る)=こごる(凝ごる)-こごらす
さ( )-さく(咲く)=ささく(サ咲く)(m3791)
    -さふ(障ふ)=ささふ(支さふ)-ささへる
し( )-しく(縮く)=しじく(縮じく)(→ちぢく)
    -しむ(縮む)=しじむ(縮じむ)(→ちぢむ)
    -しる(縮る)=しじる(縮じる)(→ちぢる)
    -しる(  )=ししる(   )「みちのなか國つみ神は旅ゆきも”ししら”ぬ君を恵み給はな(m3930)」
す( )-すぐ(  )=すすぐ(濯すぐ)
    -する(吸る)=すする(啜する)
せ( )-せる(擦る)=せせる(   )
そ( )-そぐ(  )=そそぐ(注そぐ)
    -そる(隆る)=そそる(隆そる)「そそりたつ(隆立)」
た( )-たく(手く)=たたく(叩たく)
    -たす(  )=ただす(正だす)(「たつ立」意の二拍動詞「たす」が存在した。「たしか確」
    -たぬ(手ぬ)=たたぬ(畳たぬ)-たたなふ-たたなはる「くりたたぬ(繰畳)」
    -たふ(讃ふ)=たたふ(讃たふ)-たたへる(讃へる)
    -たふ(堪ふ)=たたふ(堪たふ)-たたへる(池が水を満々と湛える)
    -たむ(  )=たたむ(畳たむ)-たたまる-たたまれる〔畳み込む、折り畳む〕「たたみ(畳)」
    -たゆ(堪ゆ)=たたゆ(堪たゆ)-たたyeる
    -たる(垂る)=たたる(祟たる)-たたらる-たたられる
    -たる(垂る)=ただる(爛だる)-ただれる
ち( )-ちく(縮く)=ちぢく(縮ぢく)-ちぢかむ/ちぢける-ちぢかまる
   ・-しく(縮く)=しじく(縮じく)〔「しく」は「ちく」の(t-s)相通語〕
    -ちむ(縮む)=ちぢむ(縮ぢむ)-ちぢます/ちぢまる/ちぢめる-ちぢませる/ちぢめらる-ちぢめられる
   ・-しむ(縮む)=しじむ(縮じむ)「しじみ蜆」〔「ちむ」の(t-s)相通語〕
    -ちる(縮る)=ちぢる(縮ぢる)-ちぢらす/ちぢれる
   ・-しる(縮る)=しじる(縮じる)-しじれる(縮れる)〔「ちる」の(t-s)相通語〕
つ( )-つく(突く)=つつく(突つく)-つつかる-つつかれる
    -つく(付く)=つづく(続づく)-つづける(くっつく、ひっつく)
    -つむ(  )=つつむ(包つむ)-つつまる-つつまれる〔包み込む〕「つつみ(堤*包み)」
    -つむ(縮む)=つづむ(縮づむ)-つづまる
    -つる(連る)=つづる(綴づる)-つづろふ
と( )-とく(着く)=とどく(届どく)-とどける-とどけらる-とどけられる
    -とぬ(手ぬ)=ととぬ(整とぬ)-ととのふ-ととのへる
    -とむ(止む)=とどむ(留める)-とどまる/とどめる-とどめらる-とどめられる〔とどめおく〕
な( )-なむ(並む)=ななむ(並なむ)(斜なむ)
は( )-はく(掃く)=ははく(掃はく)「ははき(ほうき帚)」
    -はく(  )=はばく(憚ばく)-はばかる「憎まれっ子世にはばかる/はびこる/ほびこる」
    -はぶ(葬ぶ)=ははぶ(葬ぶる)-ははぶる「ははぶる(はうぶる葬)」
    -はむ(放む)=ははむ(放はむ)-ははむる「ははむる(はうむる葬)」
    -はむ(嵌む)=はばむ(阻ばむ)-はばまる-はばまれる
ひ( )-ひく(弾く)=ひびく(響びく)-ひびかす-ひびかせる
    -ひく(疼く)=ひひく(疼ひく)〔ひりひり、ひりひりする(記神武)〕
    -ひづ(秀づ)=ひひづ(秀ひづ)-ひひでる
    -ひる(疼る)=ひひる(疼ひる)-ひひらく〔ひりひり痛む〕
    -ひる(冲る)=ひひる(冲ひる)「が(蛾)」
ふ( )-ふく(吹く)=ふぶく(吹雪く)「ふぶき(吹雪)」
ほ( )-ほく(惚く)=ほほく(惚ほく)-ほほける
や( )-やむ(病む)=ややむ(病やむ)
よ( )-よむ(倚む)=よよむ(倚よむ)(下記)
わ( )-わく(分く)=わわく(分わく)
    -わる(割る)=わわる(割わる)
を( )-をる(折る)=ををる(折をる)


「きぎし/きぎす(雉)」と「くぐひ(鵠)」:いずれもそれぞれの鳥の鳴き声を二拍動詞で「きす」、「くふ」と捉え、それを強調する形で「きぎす」「くぐふ」と頭積化し、その名詞形が鳥の名前として通用してきたものと考えられる。これらの名前を鳴き声からとする見方は古くからあり、日国によれば次の記述がある。「くぐひ」は今日の白鳥という。
 「きぎし」の語源説欄に『キギは、その鳴き声キンキン、あるいはケンケンから〔円珠庵雑記・言元梯・国語溯原=大矢透〕、その鳴き声ケイケイから、ケイケイセルの反〔名語記〕』とある。また「くぐひ」の語誌欄において『「享和本新撰字鏡」や「十巻本和名抄‐七」には「こひ」「こふ」の名もあり、これらも「くくひ」同様鳴き声からの命名であろう』とし、語源説欄には『鳴く声から〔東雅・類聚名物考・雅語音声考・大言海・音幻論=幸田露伴〕』説が見られる。


「ささく」:万葉歌「古(いにしへ)”狭々寸(ささき)”しわれやはしきやし今日やも子等にいさにとや思はえてある(m3791)」に現われるのが唯一例で、日国は語義未詳とした上で「花やかに栄える、花やかにきらめくなどの意か。一説に、にぎやかに花やぐ意かとする」としている。この歌は長い歌の一部であり、唯一例とすれば全体から推して妥当する意味を見出すことになる。その結果として日国は上記の結論に至ったのであろう。
 歌の第一句「いにしへささきし我れや」は、これだけ見ると”昔、私は’ささき’であったことよ”というほどの意味で、全体から見ると’ささき’は”花やかである、女にもてる”あたりが妥当するであろう。
 ここで「ささく/ささき」は二拍動詞「さく(咲く)」の頭積語と見ればどうかと思い当たる。その意は”花が咲き乱れる”である。日国もおそらく「咲く」を念頭において上記の語釈に至ったものと思われる。
 『「ささき」は「咲く」の頭積語』説が当たっているかどうかの判定は語学の手を離れる。

 

「たたみ(畳)」「つつみ(堤*包)」:「たたみ」は、”折り畳む”意の二拍動詞「たむ」の存在を想定し、その頭積動詞「たたむ」の名詞形と考えられる。この「たたむ」と和室の敷物の「たたみ(畳)」とが折り合わず釈然としない。これは、往時は薦や藺草製の薄い織物を”畳ん”で敷物として用いていたものが、敷物の作りが変わった現在になっても名前はそのまま残ったとでも考えるほかない。「つつみ」も同様で、二拍動詞「つむ」の頭積語と考えられる。

 

「ににぎ(瓊瓊杵/邇邇芸)」:二拍動詞「なぐ(和ぐ/凪ぐ)」と(nk/ng)縁語の二拍動詞「にく/にぐ(和ぐ)」が存在したと考える。模写語「にこにこ」も同じ縁語である。「ににぎ」は語形からはこの「にぐ」の頭積動詞の名詞形と見られる。ただ「ににぎの命」の描写からは”にこにこ”を思わせるものはなさそうである。別に「にぎはやひのみこと(邇藝速日命)」があり、こちらも「ににぎ」と同じ「にぎ」と考えるほかない。

 

「ひく(弾く)-ひびく(響く)」から見ると、「ひく」は、本来ピアノやバイオリンなどの”楽器を操作する、演奏する”意ではなく、楽器とは無関係に単に”音を立てる”意と考えられる。

 

「よよむ」:二拍動詞「よむ」の用例はないが、模写語「よぼよぼ」の(ym/yb)縁語と見られる。年をとって”よぼよぼになる”である。日国は「百年(ももとせ)に老舌(おyiした)出でて”よよむ”とも我れはいとはじ恋ひは増すとも(大伴家持:m764)」について、補注欄で『老いて歯が抜け、発音が不明瞭になる、ことばがどもる、とする説もあるが、他の例と合わせ考えて身体が曲がるとする説が有力である』とある。しかし、これはおそらく反対で、前半の「老いて歯が抜け、発音が不明瞭になる、ことばがどもる」が正しい。身体が曲がり、歯も髪も抜け、どもり、涎を流し、全身的に老化することが”よよむ”であろう。完