先に「 ”音や声を立てる”ナ行縁語群(47)」をここに掲載したが、二三新説を追加して補遺の補遺としたい。
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な:「な(名)」。「なまへ(名前)」の「な」であるが、これは同時に「な(音)」でもある。「な(名)」が「な(音)」であることは「なたかし(名高し)」の存在によって明らかである。「な(音)高し」である。有名であることを”名広し”などとは言わない。「よびな(呼び名)」も支援材料となるであろう。”書き名”などとは言わない。「な(名)」は”呼ぶ”ものなのである。「なづける」とは従って人や物に「な(音)」を与えることである。因みに「なまへ(名前)」は、日国によれば18世紀語で、不詳語である。
二拍動詞「なく(泣く/鳴く)」は、今日では、人については涙を流し泣き声をあげることで、鳥やけものについてはそれぞれ本来の声を発することであるが、いつごろどうしてそのように固まったのか。人がただ声を上げることも「なく」であっていいわけである。さらに「なす、なる」などもあり、今となってはうかがい知ることができない。
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に:「に(瓊)」。この「に」と次の「ぬ」はともに”玉”の意とされている。
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ぬ:「ぬ(瓊)、ぬなと(瓊ナ音)、ぬほこ(瓊矛)」「ぬて/ぬりて(鐸)」
「に」「ぬ」が単に”玉”の意であるとすれば、ここの「鳴る」意のナ行渡り語の列には入るべくもない。ところが用例から見ると何となく”音”と関係があるようでもあり、またここに置かないことにはほかにもって行く先が見つからないのである。状況は混沌としている。
考え方として、この「に」「ぬ」が首飾りの珠のような丸い”玉”を指していると仮定する。このとき用例は記紀に現われる「ぬほこ(瓊矛)」と「ぬなと(瓊音)」に尽きるようである。「天のぬほこ(指し下ろして)」は、おそらく玉のついた矛である”玉矛”であり、これで伊邪那岐命が塩をかき回したところ「こをろこをろ」と音がしたという。これは塩の音ではなく玉の音ととるほかない。一方「ぬなと(瓊音)」は、「ぬ玉+ナ+と音(瓊音*瓊響)」であるが、「ぬなとももゆらに(天の真名井に振りすすぎて)」とあり、”玉の音もゆらゆらと”と玉の音が揺れるという洒落た表現となっている。(なお「もゆらに」を音の模写語とすることは当たらない。)
これらの玉は、ただの玉ではなく、音の出る玉である。複数の玉どうしが当たって出る音を言うのか、中空の玉の中に入れたもので音を出すのかなどは分からない。「ぬなと(瓊ナ音*瓊響)」も同様で、音が出る仕掛けのある玉の音であるはずである。
しかし「に」や「ぬ」は物としての”玉”ではない。あくまで”音”である。そうでなければこの場所に治まらない。この難局を切り抜けるにはおそらく同じ「ぬ」に依った「ぬて(鐸)」「ぬりて(鐸)」を参考とするほかない。これはわれわれが遺跡からの出土品で見る”銅鐸”である。”鉄鐸”もあったであろう。また二拍動詞「なく」のサ接語「さなく」の名詞形「さなき(鐸)」も「ぬて/ぬりて」と類似の音を立てる玉、或いは祭具、楽器であったはずである。「ぬて/ぬりて」の「て」は明らかではないが、筆者は「ぬほこ」「ぬなと」の「ぬ」は「ぬて/ぬりて」と同じもの、或いは同じような音を立てる道具と見ている。「ぬて/ぬりて」のような「ぬ+〇」の省略形かも知れない。いずれにしても「に」「ぬ」は音である。
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ね:「ね音」
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の:「のる(告る)」
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な(音)-なく(鳴く)-なかす(鳴かす)-なかせる「な(名)」
-なかる(泣かる)-なかれる
-なける(泣ける)
-なす(鳴す)「うちなす打鳴、かきなす掻鳴、ふきなす吹鳴」
-なる(鳴る)-ならす(鳴らす)-ならせる
に(音) 「に(音)」
ぬ(音)-ぬる(音る)「ぬ(音/瓊/鐸)」「ぬて(鐸)」「ぬりて(鐸)」
ね(音) -ねつく(哭つく)-ねつかふ〔葬送にあたって号泣する〕
-ねなく(哭泣く)
の(告)-のる(告る)-のらす(告らす)-のらせる
-のらる(告らる)
-のろふ(呪ろふ)-のろはる-のろはれる
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イ接:いなく(イ鳴く)
イ接:いのる(祈る)
サ接:さなく「さなく/さなき(鐸-鉄鐸・銅鐸)」
ネ接:ねつく、ねなく
ワ接:わなく
wu接:wuなる(唸る)
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ここで「の(告)」が出てくることにより「おと(音)」が問題となる。「おと」はオ接語「お+と(音)」であることは明らかである。その「と(音)」が上記「の(告)」の(n-t)相通語と思われるのである。「と(音)」にタ行語の縁語(渡り語)がなく孤立しているところからもそのように考えられる。
と(音)-とぬ(音ぬ)-となふ(唱なふ)-となへる
-とふ(問ふ)-とはる(問はる)-とはれる
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この一連のナ行渡り語は和語の高度な体系性をよく示していると思われる。
完