われわれが依って立つ大地そのもの、またそれを構成する土、砂、石などは、和語ではサ行・タ行・ナ行語で表される。それらをとり出し、五十音図に従って整理すると以下のように並べられるであろう。
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さ:「さ沙;さす砂州;いさご砂子、まさご真砂」
し:「し石;イ接『いし石』、さざれし細石;いしかは石川、いしがみ石神、いしだ石田」
す:「す砂;すな沙*砂、すさき洲崎、すどり洲鳥」
せ:「せ瀬;あさせ浅瀬、はやせ早瀬」」
そ:「そ磯;イ接『いそ磯』、あらいそ/ありそ荒磯、はなりそ/はなれそ離磯、そなれき(磯なれ木)」
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た:「た田;たゐ田居/たゐに(大為爾)、たくさ田草、たちから田税/たちからみつき御調、はた畑、はりた墾田」
ち:「ち地;つち/とち土地、ひぢ埿/wuひぢ/すひぢ海埿、まち町、みち道」
つ:「つ津;つち土、
て:
と:「と土;とこ/ところ所、くまと隈所、こもりど隠処、たちど立所、ねど寝所、wuと宇土」
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な:「な土;なゐ/なゐふる/なゐゆる/なゐよる(→たゐ)、くな
に:「に土;くに国
ぬ:「ぬ沼;うきぬ浮沼、こもりぬ隠沼、をぬ小沼、ぬま沼」
ね:「ね〇;ねのくに」
の:「の野;のはら野原、のび野火、のへ野辺、のもり野守、のやま野山、のら/のろ野」
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以下思いつくところを簡単に付記する。
(1)これらの語のうち、タ行語が本来的に成立した語であろうと考えられる。土石を言うタ行渡り語である。もちろんいつ頃のことかは知るべくもないが、この日本の島々においてであったであろうことは間違いない。その時から長い時間を経て、相通現象に見舞われて、タ行語から一方はサ行語に、また一方はナ行語に相通語化したと考えられる。下図において、中間のタ行語がもとの語で、(t-s)相通現象により各々の段に相当するサ行語が生じサ行渡り語となった。同様に(t-n)相通現象によってナ行渡り語が形成された。今のところこれ以上のことは言うべくもないが、ここに並べた諸語がばらばらに生じたものでないことは確言できる。
ここに付した漢字はあくまで試みに当てて見たものである。
さ(沙)-し(石)-す(洲)-せ(瀬)-そ(磯)
↑ ↑ ↑ ↑ ↑ (t-s)相通現象
た(田)-ち(地)-つ(津)-て( )-と(土)
↓ ↓ ↓ ↓ ↓ (t-n)相通現象
な(土)-に(丹)-ぬ(沼)-ね(〇)-の(野)
(2)「さ(沙*砂)」-漢字の”沙*砂”の音読みと和語の「さ」が同じであるが、これは偶然であろう。
(3)「し(石)」-「いし(石)」はイ接語であることに注意したい。”石”はあくまでも「し」である。
(4)「す(砂)」-「すな(砂)」の「す」である。「な」が不明でもどかしい。ところが上のような表を作成すると、この「す」に対応する「つ」「ぬ」が見つからない。その代わりでもないが、「す(洲)、つ(津)、ぬ(沼)」という”水”に縁の深い三語が強引に割り込んでくる。おそらくこれは「土石を言う渡り語」とは無関係の「つ(水)」縁語群と考えられる。ここは一旦「す(洲)、つ(津)、ぬ(沼)」を置いて見るが、将来的に「す(砂)、つ(砂)、ぬ(砂)」が見つかったときには差し替えられるべきものである。
(5)「せ(瀬)」-”淵(ふち)”に対する浅瀬の意の”瀬”とは別に、”土石”を言う”せ”があったと考えられる。日国「せ瀬」の方言欄にも島根県、長崎県で「岩。岩礁。海中の小島」を言うと見える。
(6)「そ(磯)」-「いそ(磯)」は「いし」と同じくイ接語で、本来は「そ」である。「いそ(磯)」にも”岩や岩礁”を言う方言が各地で見られる。
(7)「た(田)」-「た」は、現在は漢字の”田”しか当てないので”田んぼ”のことくらいにしか思わないが、これこそが大地を言う大もとの和語と考えられる。「た」は「ち(地)」にその地位を譲ったかのようである。
「た」と言えば、”いろは歌”と同じように仮名文字を全部読み込んだ「たゐに(大為爾)」と呼ばれる10世紀ごろの歌があるが、冒頭の「たゐ(大為)」が”田居”と解釈されている。その通りであって、その「た(田)」は、上記の表のように、「な(土)」と相通語化し、引き続いて「たゐ」が「なゐ」となって彼の地震を言う「なゐふる/なゐゆる/なゐよる」が出現した。
和語の高度な体系性にはただ驚くばかりである。完