ワ行渡り語の中には”破断、分断、分離”などを言うもののほかにもうひとつ”ことやものの移動”を言うよく似た渡り語がある。人や物の移動だけでなく、記憶や若さのような目に見えないものの移動、移動の末の消滅をも言うようである。
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わ( )-わす(忘す)-わする(忘する)-わすらる-わすられる
-わすれる-わすれらる-わすれられる
-わつ(渡つ)-わたす(渡たす)-わたさす-わたさせる
-わたさる-わたされる
-わたせる
-わたる(渡たる)-わたらす-わたらせる「わたりせ渡瀬、わたりで渡代」
-わたらふ
-わたらる-わたられる
-わたれる
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ゐ( )
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wu( )-wuす(失す)-wuしぬ(失しぬ)-wuしなふ-wuしなはる-wuしなはれる(所謂「なふ」動詞)
-wuさる(失さる)
-wuせる(失せる)
-wuつ(移つ)-wuつす(移つす)-wuつさす-wuつさせる「wuつす(映す/写す)」
-wuつさる-wuつされる
-wuつる(移つる)-wuつらる-wuつられる「wuつる(映る/写る)」
-wuつろふ
-wuとむ(疎とむ)-wuとまる-wuとまれる「wuとし(疎し)」
す( )-すつ(棄つ)-すたる(廃れる)-すたれる〔「wuつ」の(w-s)相通形〕
-すてる(棄てる)-すてらる-すてられる
ゆ( )-ゆつ(棄つ)-ゆつる(棄つる)(「wuつる」の方言的、或いは時代的な異形か)
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ゑ( )
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を( )-をつ(変若)「をちみづ(変若水)、をとこ(壮男)、をとめ(少女)」
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タ接:たわする(タ忘る)
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ここには大きな不思議がある。「わする、わたる、wuつる」など今日も普通に使われる三拍動詞以上のもとになる二拍動詞「わす、わつ、wuつ」がないのである。ないわけではなく、何らかの事情で使われなくなったのであろうが、どうして「わす、わつ、wuつ」なのかという疑問が残る。
ここに「写真」をとる意の「(wuつ)、wuつす、wuつる」が登場するが、日国によれば「写真」という漢語は実に11世紀以来わが国で使われていた由である。19世紀半ばにカメラがこの国に入って来た時に、この「写真」の語がカメラに当てられたわけだが、「写真」の語につられて「wuつす、wuつる」の和語も使われるようになったのであろう。だが考えて見れば「wuつす(写す)」とは被写体の情景を切りとってそのままフイルムの上に”移動させる”の意である。「写真」の語が先になければあり得ない用語であろう。
若返る意の「をつ(変若つ)」がここに入ると見て問題ないであろう。万葉集には「我が盛りいたくくたちぬ雲に飛ぶ薬食むともまた変若(をち)めやも〈大伴旅人〉m847」などいくつかの「をつ/をち/をと」語が登場する。いつの時代も人の思うところは変わりがない。完