一拍語「も」には辞書によれば「も母*妹、も裳、も百、も藻、も喪、も最、も面、も身、も腿、も茂、も守、も盛、も漏」などがある中で、ここでは「も(面)」をとり上げてみたい。
「も面」は、古語として「このも(此面)、たのも(田面)」などの用例が残されており、現代語ではオ接語「おも」「おもて」と長語化して普通に使われている。だがこの「も」は名詞「もと(本・元)」や形容詞「おもし(重し)」、動詞「おもふ(思ふ)」といった重要な語のもとになる一拍語と考えられるのである。
突然であるが、この「も」の大もとの意味としては「重きをなす、重しとする」ことと思われるのである。ここでも「も」の意味を具体的に言うことは難しく、以下に述べるようなさまざまな縁語群から抽出することになるのであろう。
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「も(重*最)」:
日国の解説欄に『(「ま(真)」と同語源か)状態を表わす体言に付いて、真に、もっとも、などの意を添える。「も中」「も寄り」など』とある。「ま、も」でマ行渡り語をなしているであろう。
「もと(本・元)」:
語の構成としては「も(重)+と(処*所)」と考えられる。
「もとも/もっとも(最も、尤も)」
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オ接:「おも(重・主・面)
1)「おもし(重し)」
現在では”重量”について形容詞「かるし(軽し)」に対する反対語「おもし(重し)」である。しかしこれは二次的な意味で、本来は「も」-「もし」(重大)であろう。
日国の解説・用例欄にも”重量”関連以外に、
『・(病気など)物事の程度がはなはだしい。なみなみでない。容易でない。重大である。
・身分が貴い。地位が高い。家柄がしっかりしている。家門に格式がある。また、勢力がある。価値が高い。
・尊い。大切である。必要である。重要である。』
などとあり、明らかに「おもし」が”軽重”以前に形成された語であることを示している。
2)「おも(主*重)」
上記の「重し」が「な」語尾をとるとき、標記する漢字を「重な」から「主な」へ替えたものと考えられる。意味としては変わりがない。
3)「おも(面)」「おもて(表*面)」
「おも」は、単なる顔面ではなく、『(人に合わせる顔の意から)面目、名誉』であると日国は説いている。
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<動詞図>
も( )-もふ(思ふ)〔「おもふ」の意で古事記、万葉集に用例がある。〕
オ接:おもふ(思もふ)-おもはす-おもはせる
-おもはる-おもはれる
おぼふ(思ぼふ)-おぼほす
も( )-もる(守る)「こもり(子守)、はかもり(墓守)」
マ接:まもる(守もる)ーまもらす-まもらせる
-まもらる-まもられる
まぼる(守ぼる)
日国「おもふ」の語誌欄において「おもふ」を「かんがふ」と対比して次のように論じている。
『「考える」は、「筋道を立てて客観的に判断する」という頭のはたらきを表わすもので、「考えこむ」のように、結論よりも、それに達するまでの過程に重点がある。一方、「思いこむ」が示すように「思う」は思考や感情の具体的内容に重点がかかり、また、どちらかと言えば想像、決意、心配、恋情など、主観的、感情的な要素が強くはいっている。従って、「~(「国家」など)を考える」は、そのものの実態やあるべき姿について解明しようとする精神活動を、「~(「故郷」など)を思う」は、そのものへの具体的な感情を喚起することを、それぞれ表わすことになる。』
ひとつの見方であろう。
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日国の関連語の記事をもとに作って見たが、昔の人もこの「も」とそれを巡る語との関連には漠然と気づいてはいたが、残念ながら全体像をつかむには至らなかった。ここでは彼らの仕事をもとに上記のようにまとめてみたが、真の全体像からは程遠いものがあるであろう。とっかかりの試みである。
完