「ちかし(近し)」「ちひさし(小)」 (113)

 和語で”小さい”ことを言う語にはここでとり上げる「ち/つ(小)」系のほかに、「こ(小)」系、「を(小)」系の三つがある。さらに接頭語的に表れる「さ/そ(小)」系なども数えられるかも知れない。これらは、それぞれ意味や使う場所が相異なるのか、禁句のようであるがこれらをこの地にもってきた人たちの出発地が異なるのか、悩ましい。いつか包括的に解明されるときが来ることを願っている。

 

 標記の「ちかし」「ちひさし」は「ち(小)」をもとにする語であることは明らかであるが、その語形を理解することができない。試みに動詞図を作ってみると次のようになるであろう。そこから「ちかし」「ちひさし」が出て来るかどうか。下の黒丸〔●〕である。

 

ち(小)-ちく(小く)=ちぢく(縮ぢく)-ちぢかむ-ちぢかまる「ちかし近」〔●〕
                    -ちぢくる-ちぢくれる
                    -ちぢこむ-ちぢこまる
    -ちふ(小ふ)「ちひ、ちひさし(小さし)」〔●〕
    -ちぶ(禿ぶ)-ちびる(禿びる)〔擦り減る〕「ちび」「ちんぴら」
    -ちむ(小む)=ちぢむ(縮ぢむ)-ちぢまる「ちぢみ縮」
                    -ちぢめる
    -ちる(小る)=ちぢる(縮ぢる)-ちぢらす-ちぢらせる(散る)
                    -ちぢれる
           -ちらく(散らく)-ちらかす
                    -ちらかる
                    -ちらける
           -ちらす(散らす)-ちらせる「しがらみちらす、なきちらす、ゐちらす」
           -ちらふ(散らふ)
           -ちらぶ(散らぶ)-ちらばる-ちらばらす-ちらばらせる
し(小)-しく(縮く)=しじく(縮じく)-しじかむ-しじかまる(縮かむ)(t-s相通形)
    -しむ(縮む)=しじむ(縮じむ)-しじまふ(進退)「しじみ蜆」
                    -しじまる(縮まる)
                    -しじめる
    -しる(縮る)=しじる(縮じる)-しじれる(縮れる)
つ( )-つづ(約づ)-つづむ(約づむ)-つづまる「つづ星」
                    -つづめる
           -つづる(綴づる)-つづろふ
    -つぶ(粒ぶ)-つぶす(粒ぶす)-つぶさる-つぶされる(潰ぶす)「つぶ粒」
           -つぶる(粒ぶる)-つぶらす-つぶらせる
                    -つぶれる
    -つむ(粒む)=つづむ(約づむ)-つづまる
                    -つづめる
           -つむる(瞑むる)-つむらす-つむらせる
つ( )-つぼ(壺ぼ)-つぼむ(壺ぼむ)-つぼます「つぼ壺」「つぼ坪」
                    -つぼまる
                    -つぼめる
    -すぶ(窄ぶ)-すぼむ(窄ぼむ)-すぼます-すぼませる(t-s相通形)
                    -すぼまる
                    -すぼめる
す( )-すず(縮ず)「すず鈴」(t-s相通形)
    -すぶ(窄ぶ)-すぼむ(窄ぼむ)-すぼまる
                    -すぼめる
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「つび/つぶ/つむ粒*潰、つび海螺、yiなつび稲粒」「いほち五百箇、はたち二十箇、ひとつ一箇、みそち三十箇」
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「ち/つ、ちひさ」「ちか近(「ち小+か処」と見る)」「ちびちび、ちびる、ちまちま」
「つま/つば:つばひらか/つまひらか、つばらか、つばらに;つび、つぶ、つぶる」
ち小(ti)「ちか近;ちかし近、ちかづく、ちかやま近山」「ちぢく/しじく縮//ちぢむ/しじむ縮」「ちひさし小(「ちひさことねり少小舎人/神楽歌」が唯一例)」「ちび小/ちぶ/ちびる禿」 縁:ち/つ(つぶ)

ウ接:「うち内/うつ内」

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 小さいことやものが集約されているタ行渡り語「ち/つ」である。もうひとつの「こ小*子」系統語との関係の解明が待たれる。
 上図の「ちふ(小ふ)」は説明のできない「ちひさし」を導くために作ってみたものである。「ちぶ」があるところからさして無理とは思われないが、証拠となるものはない。
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 思いつくところを二三つけ加えれば、

 

1)「ちひさし/ちひさな」と「おほきし/おほきな」の二語は、いわゆる形容詞の中でも特異な形をしている。意味をもつ語頭の一拍語の後に”ハ行”をとり込み長語化している。「とほし(遠し)」が入るかも知れない。

 

2)「たかし高/ちかし近/ふかし深/わかし若/をかし惜」は、同じ「○+かし」の形をしているが意味や理由は不明である。「たかし/ちかし/ふかし」と「わかし/をかし」とが意味の上から二分される。

 

3)模写語「ちかちか」「ちくちく」「ちびちび」「ちまちま」「ちらちら」「つぶつぶ」などの「ち/つ」は明らかに”小さい”状況を表わしている。第二拍の「か、く、・・・」がその”小さい”状況を細かく言い分けていると考えられる。

 

4)「ひとつ、ふたつ、みっつ」の「つ」は、助数詞と言われるが、この”小さい”意味の「つ」と考えられる。

 

 以上とりとめもなく。完