動詞図 「はじめに」(001)

 動詞図とは何か。動詞図とは和語の縮図である。大昔の小さな動詞の誕生から今日の長語形に至るまでの語形変化を一本の横線に連ね、その間さまざまに意味を広げ分化させて行くさまを縦方向のふくらみとして表現したものである。また語中の子音を共有することによって同じような意味をもつ縁語動詞をひと括りにした。和語では名詞も動詞も本来の短小語形から接頭語や接尾語をとりながら今日の長語形へと変化しているが、そのことは動詞においてよりはっきり見ることができる。

 

 国語辞典を開くとそこにはすべての語があいうえお順に並べられている。その中から特に動詞に注目して見れば、似たような語が語形や意味に関係なくてんでんばらばらに散らばって閉じ込められていることに気づく。何か大事なことが忘れられているような気がするのである。そこで動詞という動詞をすべてとり出して、和語の原理にもとづいて並べ換えたもの、それが動詞図である。

 

 ではここで言う和語の原理とは何か。詳細にわたっては長くなるので別にまとめて書くつもりであるが、ここではごく簡単に述べるにとどめたい。

 

01)和語は”拍(はく)言語”である。拍とは五十音図のひとつひとつの音(文字)のことで、和語は個々の拍が、ただ一つで、また二つ、三つ、四つ・・・と積み重なってできている。それぞれ一拍語、二拍語、三拍語、四拍語・・・と呼ぶ。和語は拍そのものであり、和語の話は拍に始まって拍に終わると言っても過言ではない。

 

02)和語の拍はすべて「子音+母音」という形をしている。役割としては、子音が語の意味を担い、母音が瞬間的に消えてしまう子音を支えて耳に聞こえるひとまとまりの音(拍)とし、子音がもつ意味を規定したり、ニュアンスを与えたり、文法的な役割を担っている。語の役目は意味を伝達することであり、語(拍)では意味を担う子音が主役であり、決定的に重要である。

 

03)和語は、大昔、まず一拍語として成立し、それが意味の分化を伴いながら二拍語、三拍語・・・へと長語化した。和人は、当初の少数の短語を複線化し長語化することによって和語を語彙豊かな文明語へと成長させた。ただ草木や魚や鳥などの名前には、もちろん始めから二拍語、三拍語として成立したものがあるであろう。

 

04)一拍語、例えば「さ」は、「いさご、まさご」などの「さ」で「砂」を指す。同じサ行の「し」は今日では「いし(石)」の形で「石」を意味し、さらに「す(洲)」「せ(瀬)」「そ(磯)」とサ行拍全部に渡って同じようなもの(土砂)を指し示している(漢字には余り捉われないでいただきたい)。このような例は非常に多く、一拍語は、原則として、その一語を含む「あいうえお」の五段にわたって相似た意味をもつ関連語(縁語)が存在し、それら五語をまとめて一語と見なされる。本来は五語全部あったであろうが、今日には一語のみ、或いは二語、三語しか残っていない場合が多い。これを渡り語現象と呼ぶ。

 

05)和語では連続する特定の二拍(二子音)でひとつの意味を示し、その意味を共有する語群をつくることが少なくない。例えば「たみ(民)」はひとつの集落の住民全体であるが、その中では「とも(友*伴)」や「つま(夫*妻)」の関係がある。これら三者に共通する意味はと言えば互いに”血縁関係がない仲間”という点に絞られ、その意味を支えているのは「たみ(tami)、つま(tuma)、とも(tomo)」三語に共通する(tm)という”子音コンビ”なのである。因みに「こども」は集落内の「子なるとも」の意となり、自分の子供ではない点に注意したい。この”子音コンビ縁語”という現象は和語に多く見られる。

 

06)語形(語音)は時代につれて変化したが、それには一定の規則に従っているものが多い。例えば「たに(谷)」が「たり(をたり<小谷>)」に、「yiなに(稲荷)」が「yiなり」に、「つぬが(角鹿)」が「つるが(敦賀)」にのように「n」から「r」への変化が起こっている。また「n」から「m」への例では「にな(蜷)→みな」「にほ(鳰)→みほ」「にら(韮)→みら」などその例は非常に多い。これを音の相通現象と呼んでいる。

 

07)五十音のうちア行拍(あ、い、う、え、お)は、少数の例外を除いて、語頭には立たず、語中と語末にのみ現われる。現在見られる多くのア行音で始まる語は接頭語か、主としてワ行拍から変化したものである。今日でも女の子が「わたし」を「あたし」と言うが如しである。またラ行拍(ら、り、る、れ、ろ)は語頭に立たず、特定の意味をもつことなく、接中語、接尾語になるのみである。例えば、「さる(猿)」「つる(鶴)」「とり(鳥)」などは語頭の「さ」「つ」「と」が本来のものの名前であり、後項のラ行拍は語頭の一拍語の安定化をはかるための支持拍である。ア行とラ行は他行とは大きく異なる特異行である。【接頭語をもつ動詞には語頭に「~」記号をつけた。】

 

08)三拍動詞の中にはもとの二拍動詞「AB」が語頭の「A」拍を重複させて「AAB」という特徴的な形をとるものが数十語ある。多くは連濁を起こしている。例えば「とむ(止む)-とどむ(留む)」「ふく(吹く)-ふぶく(吹雪く)」などで、意味は単に強調であるが、「ふぶき」のように雪まじりの強風と意味を膨らませているものもある。これを頭積動詞と呼ぶ。【頭積動詞には語頭に「=」記号をつけた。】

 

09)動詞には、本来的な動詞のほかに、二拍名詞、三拍名詞が動詞語尾をとって動詞化したものがある。名詞のほか模写語やその他の小辞も動詞化することがある。これらについては横列の左端に【名詞】と表記し、その二拍なり三拍の語から出発して長語化の過程を示している。

 

10)動詞語尾は「く/ぐ、す/ず、つ/づ、ぬ、ふ/ぶ、む、ゆ、る、wu」の13個ある。それはいいとして、問題はこれらの動詞語尾とは何か、どのように使い分けられているのか、ということである。問題意識としては、動詞語尾にもいろいろあり、一例であるが扉が「あく(開く)」はワ行語「わく(分く)」が時代を経て変化した(w-&)相通語「あく」であり、「あ」にこそ分離、分割の意味があり、「く」は「分く」時代以来の単なる動詞語尾である一方、夜が明けるの「あく(明く)」は語頭の「あ」は単なる接頭語で、語尾の「く」にこそ「赤い、明るい」の意味があることである。動詞語尾の精査が待たれる。

 

11)ここに示した動詞は、国文法で言うところの終止形である。「来た」「来れば」「来ない」といったいわゆる活用については触れていない。活用形を含めて記述すると大きくなり過ぎ、かつ単調でもあるのでここでは控えたが、活用の起源や実態を考える上で重要と思われる。

 

12)ここに示す動詞図は、下の五十音図にもとづいている。和語のすべての音(拍)はこの五十音図におさまり、この五十音図を越えて和語の音(拍)はない。五十音図は和語の歴史を考える上で決定的に重要である。しかしながらこの五十音という整然たる枠組みが和人の頭の中にいつ頃定着したのか、それ以前はどのような音声の体系であったのか、今は知るよしもない。五十音図については別に論じるつもりであるが、残念ながら五十音図以前の和語の有りようを探る手掛かりは今のところほとんどない。

 

13)五十音図上の個々の音(拍)が昔から今までまったく同じように発音されてきたとは考えにくい。特定の音(拍)については昔の音や音の変化がさまざまに議論されている。ここでは、五十音の実際の音(音価)がどのようであったか、それがどのように変わったか、或いは変わらなかったかには触れず、五十音図上の位置をのみ念頭においている。例えば「は」については、その音の古今の性状は問題とせず、単に「は」の位置にある音について議論している。従って考え方によって、例えば、適宜ハ行音をパ行音に読み換えていただきたい。なおいわゆる「上代特殊仮名遣い」については別に詳しく論じるつもりであるが、それがここでの議論に影響することはない。

 

14)五十音図

 和語の拍は、下の五十音図に示されるように、清音拍が五十拍、濁音拍が二十拍ある。往時、これらの五十拍(七十拍)すべてが万遍なく使われていた。ローマ字を付したのは、拍を考える上でローマ字化が欠かせないためであるが、詳細については別書に譲らざるを得ない。

 

   | ア段  イ段  ウ段  エ段  オ段

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 ア行|あ(&a)い(&i)う(&u)え(&e)お(&o)

 カ行|か(ka)き(ki)く(ku)け(ke)こ(ko)

 サ行|さ(sa)し(si)す(su)せ(se)そ(so)

 タ行|た(ta)ち(ti)つ(tu)て(te)と(to)

 ナ行|な(na)に(ni)ぬ(nu)ね(ne)の(no)

 ハ行|は(ha)ひ(hi)ふ(hu)へ(he)ほ(ho)

 マ行|ま(ma)み(mi)む(mu)め(me)も(mo)

 ヤ行|や(ya)yi(yi)ゆ(yu)ye(ye)よ(yo)

 ラ行|ら(ra)り(ri)る(ru)れ(re)ろ(ro)

 ワ行|わ(wa)ゐ(wi)wu(wu)ゑ(we)を(wo)

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 ガ行|が(ga)ぎ(gi)ぐ(gu)げ(ge)ご(go)

 ザ行|ざ(za)じ(zi)ず(zu)ぜ(ze)ぞ(zo)

 ダ行|だ(da)ぢ(di)づ(du)で(de)ど(do)

 バ行|ば(ba)び(bi)ぶ(bu)べ(be)ぼ(bo)

 

 上記の五十音図のうちア行拍のローマ字には「あ(&a)」のように「&(アンド)」記号をつけているが、これは無音の音を示し、すべての拍のローマ字表記を二文字に揃えるための方便である。

 ヤ行の「yi」と「ye」、及びワ行の「wu」は、いずれも往時普通に多く使われたものであるが、適当な仮名表記が見つからないのでローマ字のままにおいた。特にワ行の「wu」は、これまで論じられたことがないが極めて重要である。例えば現在のア行語の「うみ(海)」はもとはワ行一拍語「wu(海)」である。従って「wuみ」は「wuみ(海水)」で文字通り海水の意となる。木を「植える」、子が「飢える」は共にワ行語「wuゑる(wuweru)」であり、その前代形は二拍語「wuwu(植wu)」「wuwu(飢wu)」である。多くのヤ行音がサ行音に転じるなど、ヤ行音、ワ行音には特に注意したい。

  

 

 上記のような原理原則を踏まえて、古今のすべての動詞を和語本来の形にもどし、組み直し、並べ換えたものが以下の動詞図である。あいうえお順に並んでいては面白くもおかしくもなかった無機的な単語が、このように並べ換えるだけで俄然われわれ日本人の興味をかき立てるものがあるであろう。万年単位の昔のわれわれが祖先の生活をうかがい、彼らとのつながりを再確認する手がかりとなるものと信じる。足立晋