動詞図「ア行、ヤ行;「あるく(歩く)」と「あゆむ(歩む)」(004)

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「あ(足)、ある(足る)、あるく(歩く)」

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あ(足)-ある(足る)-ありく(歩りく)

           -あるく(歩るく)-あるかす-あるかせる

                    -あるける

           -さるく(歩るく)(&-s相通形)

 

 日国の「あるく」の語源説欄には「あ」を「足」とする説がいくつか見られるが、「あるく」の「あ」は一般に「あ(足)」と考えられている。これには筆者も同意見である。この「あ」が、最も一般的な動詞語尾「る」をとって、二拍動詞「ある(足る)」を作った。やがて「ある(足る)」は、三拍動詞「ありく」「あるく」をハネ出した。意味としては、力を込めて直線的に前進することであろう。ところが二拍動詞「ある」には、ほかに「有る」「生る」「新る」「荒る」などがあって生存競争が激しく「ある(足る)」が生き残ることはできなかった。「歩行する」の意味では「ある(足る)」は消滅したが、その代わりに次世代形の「ありく、あるく」を今日に残したと考えられる。

 

 ここで興味深いのは、三拍動詞「あるく」の成立時期の問題である。「あし(足*脚)」の本来の和語は「あし(葦)」も同様一拍語「し」であり(後述)、それが接頭語「あ」をとって「あし」となり、さらに時代が下ると接頭語の「あ」が足の意味を乗っとった。従って三拍動詞「あるく」は、本来の「し」が「し→あし→あ」と変化し、さらにその「あ(足*脚)」が「あ→ある→あるく」と長語化した後の語であると考えられるのである。それぞれの実年代については今のところ特定できないが、原初の「し」の時代からは相当数の年数を経た後の姿であるであろう。万年単位の年数以前の「し(足*脚)」の時代には、あるいは「し」をもとにした”歩く”を言う語があったのかも知れない。 

 

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「やる(揺る)、yiぶ(揺ぶ)、yiる(揺る)、ゆく(揺く)、ゆぐ(揺ぐ)、ゆす(揺す)、ゆつ(揺つ)、ゆふ(揺ふ)、ゆぶ(揺ぶ)、ゆむ(揺む)、ゆる(揺る)、yeゆ(揺る)、よく(揺く)、よぐ(揺ぐ)、よふ(揺ふ)、よぶ(揺ぶ)、よむ(揺む)、よる(揺る)」

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や(揺)-やる(揺る)「やららに」

yi(揺)-yiぶ(揺ぶ)~あyiぶ(歩yiぶ)(ア接)

    -yiる(揺る)-yiるぐ(揺るぐ)-yiるがす-yiるがせる

ゆ(揺)-ゆく(揺く)-ゆかす(揺かす)「ゆき雪」

           ~あゆく(あ歩く)-あゆかす(歩く)(ア接)

    -ゆぐ(揺ぐ)~あゆぐ(あ歩ぐ)-あゆがす

    -ゆす(揺す)-ゆさふ(揺さふ)-ゆさはる《ゆさゆさ》

           -ゆさぶ(揺さぶ)-ゆさぶる-ゆさぶらる

           -ゆすぐ(揺すぐ)

           -ゆすぶ(揺すぶ)-ゆすぶる

           -ゆする(揺する)-ゆすらる-ゆすられる

    -ゆつ(揺つ)-ゆたふ(揺たふ)~たゆたふ(タ接)

    -ゆふ(揺ふ)~かゆふ(通ゆふ)(カ接)

           ~たゆふ(た揺ふ)「たゆたに、たゆたふ、たゆらに/たよらに」(タ接)

           ~まゆふ(迷ゆふ)(マ接)

    -ゆぶ(揺ぶ)~あゆぶ(あ歩ぶ)(ア接)

    -ゆむ(揺む)~あゆむ(あ歩む)-あゆます-あゆませる(歩む)(ア接)

                    ~あゆまふ

           ~たゆむ(た弛む)「倦まずたゆまず」(タ接)

    -ゆる(揺る)-ゆらく(揺らく)-ゆらかす-ゆらかせる「ゆり百合、たまゆら玉響」《ゆらゆら》

                   -ゆらぐ(揺らぐ)

           -ゆらす(揺らす)-ゆらさす-ゆらさせる

                    -ゆらさる-ゆらされる

                    -ゆらせる

           -ゆらふ(揺らふ)-ゆらへる

           -ゆらゆ(揺らゆ)-ゆらyeる

           -ゆらる(揺らる)-ゆられる

           -ゆるく(揺るく)

           -ゆるぐ(揺るぐ)-ゆるがす-ゆるがせる(忽せ)

           -ゆるす(揺るす)-ゆるさる-ゆるされる(許す)

           -ゆるふ(揺るふ)-ゆるほす「ゆるほし縦シ」

                    -ゆるほふ

           -ゆるぶ(揺るぶ)

           -ゆるむ(揺るむ)-ゆるます-ゆるませる(緩む)

                    -ゆるまる

                    -ゆるめる-ゆるめらる

           ~くゆる(薫ゆる)-くゆらす-くゆらせる(「くゆらかす」の形も)(ク接)

           ~さゆる(さ揺る)-さゆるぐ(サ接)

           -ゆれる(揺れる)

名詞   ゆら(揺ら)~もゆら(も揺ら)「ゆらら」「もゆらに」

ye(揺)-yeゆ(揺る)

よ(揺)-よく(揺く)~あよく(あ歩く)(ア接)

           ~およく(お泳く)(オ接)

    -よぐ(揺ぐ)~およぐ(お泳ぐ)-およがす-およがせる(オ接)

                    ~およげる

    -よふ(揺ふ)~かよふ(通よふ)-かよはす-かよはせる「いさよふ」「きかよふ来」(カ接)

           ~たよふ(た揺ふ)=ただよふ漂-ただよはす(タ接)

           ~まよふ(迷よふ)-まよはす-まよはせる(マ接)

                    ~さまよふ(サ/マ接)

           ~まよふ(紕よふ)「まよひく紕来、まよひまじる、たがひまよふ」(マ接)

    -よぶ(揺ぶ)~あよぶ(あ歩ぶ)(ア接)

           ~およぶ(お及ぶ)-およばす(オ接)

                    ~およぼす-およぼさる-およぼされる

    -よむ(揺む)=よよむ(揺よむ)〔よぼよぼになる〕

           ~あよむ(あ歩む)(ア接)

    -よる(揺る)-よろく(揺ろく)-よろける《よろよろ》「なゐよる田居揺(地震)」

           -よろふ(揺ろふ)-よろほふ

           -よろぶ(揺ろぶ)-よろぼふ(蹌踉)

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 ヤ行拍「や、yi、ゆ、ye、よ」全部がかかわる「揺れる」語群である。ここには今日もよく使われる「あゆむ(歩む)」「およぐ(泳ぐ)」「およぶ(及ぶ)」「かよふ(通ふ)」などとその異形群が登場し、それらがまとめられていることに怪訝に思われるかも知れないが、これが和人の動きの捉え方のひとつと考えられる。要はその動きが「ゆらゆら」していて、例えば「泳ぐ」は金魚の泳ぎや、漁師が腰まで水に浸かって網や槍をもってゆらゆらと魚を追いかけている様子を思い浮かべると何となく了解される。「歩く」がさっさと足を運ぶなら「歩む」は年寄りの歩き方かも知れない。「及ぶ」も何かの力が直線的ではなく、ゆっくりやってくる意であろう。力いっぱいの行為や動きを言うのではなく、脱力的な動きであることを示している。「ゆき雪」もおそらくゆらゆら落ちてくる点を捉えているのであろう。また「通ふ(か+ゆふ/よふ)」「迷う(ま+ゆふ/よふ)」などについてはカ接語、マ接語を集めて接頭語「か」「ま」の意味を突きとめる必要があると思われる。

 

 顕宗前紀に「たなそこも”やらら”に」とあるが、この「やらら」について時代別上代編は「手に巻ける玉も”ゆらら”に」(万3243)の「ゆらら」と同様の語で、音がさやかに鳴るさまをいうか」としている。おそらくその通りであろうが、ただ音だけでなく、ゆらゆらと揺れる様子を強調していると考えられる。そうとすれば、上記の「ゆる」「よる」と並んで縁語の二拍動詞「やる(揺る)」が存在していることになる。存在していないと困る語でもある。

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