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● ● ≪さささ≫ ● ●
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「さ/し/す/せ(為る)」
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さ( )-さす(為す)-させる(為せる)-させらる-させられる
-さる(為る)-される(為れる)
し( )-しむ(為む)
-しる(為る)-しらふ(為らふ)〔あしらふ、心しらふ、こしらふ、恥しらふ〕
-しろぐ(為ろぐ)〔たじろぐ、たちしろぐ、まじろぐ、みじろぐ〕
す( )-する(為る)
せ( )-せす(為す)-せしむ(為しむ)-せしめる
-せる(為る)-せらる(為らる)
そ( )
これは「す-する」という最も一般的、汎用的で無色透明の動詞である。「する」は「す-する」だけで完結して発展するところがない。いわゆるサ変動詞の原形と言えるかどうか。
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「さか(逆)」
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名詞 さか(逆 )-さかふ(逆かふ)~いさかふ「いさかひ諍」(境かふ)(イ接)
-さかる(逆かる)-さからふ
「さか(坂)」「さか(逆)」、「さかふ(境ふ)」「さかる(逆る)-さからふ」などいずれもひとつの「さか」と見る。
◆----------(咲く⇒分く)
「さく(盛く)」
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さ( )-さく(盛く)-さかふ(栄かふ)-さかへる「さき幸」
-さかゆ(栄かゆ)-さかyeる「おひたちさかゆ、にほyeさかゆ、ゑみさかゆ」
-さかる(盛かる)(「交尾する」も)
「さかゆ」には「さかやかす」の形も。「さく(咲く)」は「さく(裂く)」へ。
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「さく(放く)」(sk)
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さ( )-さく(放く)-さかる(放かる)「みさく見、かたりさく語放、とほさかる遠放」
-さくく( )-さぐくむ(m509/4331)
-さくむ(放くむ)
-さける(放ける)-さけらる-さけられる「とほざける遠放」
そ( )-そく(退く)-そくす(退くす)「しりぞく後退」「みそくす見退」
-そける(退ける)
~のぞく(の退く)-のぞこる(除く)(ノ接)
-そる(逸る)-そらす(逸らす)-そらせる
-それる(逸れる)
「さぐくむ」であるが、「くくむ(屈)」のサ接はないとして、「さくく-さくくむ」は無理筋か。そうとすれば「さく+くむ」しか残らないが「くむ」の解釈が難しい。日国は「押しわける。間を縫って進む。」と語釈している。
◆------------
「さく(避く)」
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さ( )-さく(避く)-さける(避ける)-さけらる-さけられる
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「さぐ(下ぐ)、さづ(定づ)、した(下)、しつ(滴つ)、しづ(鎮づ)」
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さ( )-さぐ(下ぐ)-さがる(下がる)(提ぐ)
-さげる(下げる)-さげらる-さげられる
さ( )-さづ(定づ)-さだむ(定だむ)-さだまる
-さだめる-さだめらる-さだめられる
-さづく(授づく)-さづかる
-さづける-さづめらる-さづけられる
し( )-しつ(滴つ)-したつ(滴たつ)-したたる
-したづ(滴たづ)
-したむ(滴たむ)
-しづ(沈づ)-しづく(雫づく)
-しづむ(沈づむ)-しづまる(鎮まる)
-しづめる-しづめらる-しづめられる(鎮める)
-しづる(沈づる)
名詞 した(下 )-したつ(滴たつ)-したたる-したたらす
-したむ(滴たむ)
サ行渡り語「さ、し、す、せ、そ」にもいくつかの意味があるが、ここは「下」を意味する語群である。次項の「さく狭」語群と合わせて大王と人民の統治に関する政治語群と考えられる。
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さく(狭く)、さむ(狭む)、しく(領く)、しぐ(締ぐ)、しぶ(縛ぶ)、しむ(締む)、しる(領る)、すぐ(縋ぐ)、すむ(統む)、すぶ(統ぶ)、すむ(統む)、せく(急く)、せむ(狭む)、せる(競る)、せく(狭く)、
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さ(狭)-さく(狭く)~はさく(は狭く)(ハ接)
-さむ(狭む)-さまつ(妨まつ)-さまたぐ-さまたげる「さもし/さぼし(料簡が狭い)」
-さまる(妨まる)
-さみす(褊みす)
~はさむ(は挟む)「はざま狭間、はさみ鋏」(ハ接)
し(狭)-しく(領く)-しかす(領かす)-しかせる〔統治する〕「たかしく高敷、ふとしく太敷」
-しかる(領かる)-しからる-しかられる(領かる-領からる-領かられる)
-しかれる(敷く-敷かる-敷かれる)
-しきる(領きる)
-しぐ(締ぐ)-しがふ(締がふ)
-しがむ(締がむ)「しがみつく」
-しぐふ(締ぐふ)〔情交する〕
-しぐる(時雨る)「しぐれ時雨」
-しぐらふ〔密集する〕
-しぐらむ
-しぐれる〔時雨れる〕
-しげむ(茂げむ)「しげみ」
-しげる(茂げる)-しげらふ「しげし茂シ、しげち茂道、しげの茂野」
-しふ(強ふ)-しひる(強ひる)-しひらる-しひられる「しひて、しひかたり強語;なまじひに」
-しぶ(縛ぶ)-しばる(縛ばる)-しばらる-しばられる「くひしばる、とりしばる」
-しぼむ(萎ぼむ)-しぼます-しぼませる
-しぼまる
-しぼる(搾ぼる)-しぼらる-しぼられる
-しむ(締む)-しまる(締まる)
-しめる(締める)
-しる(領る)-しらす(領らす)-しらしむ-しらしめる(知る/痴る)「たかしる高知」
-しらせる-しらせらる
-しらふ(領らふ)「おyiしらふ老痴」
-しらむ(領らむ)
-しらる(領らる)
-しるす(領るす)「しるし験/印」
-しれる(領れる)「ゑひしれる酔痴」
-しろす(領ろす)-しろしむ-しろしめす
-しろしめる
す(狭)-すぐ(縋ぐ)-すがふ(縋がふ)
-すがる(縋がる)
-すむ(統む)-すめる(統める)「すめら/すめろ皇」
-すぶ(統ぶ)-すべる(統べる)
~むすぶ(む統ぶ)-むすばす-むすばせる(結ぶ)(ム接)
-むすばる-むすばれる
-むすべる
-むすぼふ
-むすぼる
-すぼ(窄ぼ)-すぼむ(窄ぼむ)-すぼます-すぼませる
-すぼまる
-すぼめる
-すむ(統む)-すまふ(争まふ)「すまひ(相撲)」
-すまる(統まる)「うづすまる、みすまる御統」
-すめる(統める)「すめかみ、すめみま、すめら、すめらぎ/すめろき、すめらみこと」
せ(狭)-せく(狭く)-せかす(急かす)-せかさる-せかされる(急く)「せき関、せき堰」「せし狭」
-せかせる-せかせらる-せかせられる
-せかふ(急かふ)
-せかる(急かる)-せかれる
-せこむ(狭こむ)-せこめる
-せぐ(責ぐ)-せがむ(責がむ)
-せつ(責つ)-せたぐ(責たぐ)-せたげる
-せたむ(責たむ)
-せふ(狭ふ)-せはる(狭はる)
-せぶ(狭ぶ)-せばむ(狭ばむ)-せばまる
-せばめる
-せむ(狭む)-せまる(狭まる)-せまらる-せまられる(迫まる)「せまし狭」
-せめく(狭めく)
-せめぐ(狭めぐ)
-せめる(狭める)-せめらる-せめられる(責める、攻める)
-せる(競る)=せせる( )
~あせる(あ憔る)「せり競」(ア接)
そ(狭)-そぐ(似合)-そぐふ(似合ふ)
-そぬ(具ぬ)-そなふ(具なふ)-そなはす(備はす)「みそなはす」
-そなはる
-そなへる-そなへらる-そなへられる
-そなる(具なる)
-そだる(具だる)-そだれる(曾太礼)
-そふ(添ふ)-そはす(添はす)-そはせる-そはせらる-そはせられる
-そへる(添へる)-そへらる-そへられる
-そぶ(側ぶ)-そばむ(傍ばむ)「そば(傍*側)」
-そる(添る)-そろふ(揃ろふ)-そろはす-そろはせる
-そろへる-そろへらる-そろへられる
~こぞる(こ揃る)「諸人こぞりて」
この大きなサ行動詞群は、全体として「せ(狭)」の意を根底に置いている。”間隔を狭くする、距離を縮める”である。「おむすび」に見られる通り、ばらばらの米粒を握りしめて米粒と米粒との間を密にして離れないようにし、球体とする意である。また「せむ(攻む)」であるが、この語は本来”相手、敵との間合いを縮める”意であり、そこに”攻撃する”意はなかった。この大きなサ行動詞群は、別項のはらはらと広げる意をもつ巨大なハ行動詞群と対をなしている。
この雑多とも見える語群の中で、やや異質と思われるものがあるとすればそれは「下、下へ」を言う「さがる/さげる、しづむ」などの「さ/し」語であろう。だが統治することは人民を下にすることであり、「しく、しる」と「しづ」を分けることは難しい。大名行列が行進するにあたって「下にー、下にー」と呼びかけて周辺の人たちを平身低頭させたというが、和語では「し-した(下)」は統治語と見られる。
ここには「しく領」「しる領」や「すぶ統」のような歴史的に重要な政治用語が入っている。「すめら、すめろ」系統の皇室や皇統を言う語はこの「すぶ-すべる(統る)」そのものである。これも上から下へ力を及ぼして為政者と民との間を狭くする意が根本と思われる。尻の下に敷物を「しく(敷く)」もこれであるが、こちらの方が本来の意味を伝えていると考えられる。
奈良は薬師寺の仏足石歌のひとつ(二番歌)に、「三十ぢ余り二つのかたち八十種(やそくさ)と”曾太礼(そだれ)”る人の踏みし足跡(あと)どころ稀にもあるかも」という歌がある。歌意は、三十二相八十種の有り難い相好を具えている仏の足跡がここにあることの僥倖を歌っていると考えられている。
問題は、ここにただ一度だけ現われる「そだる-そだれる」という動詞の解釈である。大方の辞書は、「そ+たる(足る)」と分解し、「そ」を接頭語とし、全体で「十分に足りている、具足する、具備する」意と説明している。
だが、この「そだる」は、「そなふ(具ふ)」と考えられるのである。「そなる(具る)」の形が見つからないのが残念だが、「どく退」と「のく」のように(d-n)相通は少なくなく、「そだる」が「そなる(そなわっている)」と考えることに無理はなさそうである。
ここにはものともの、人と人、こととことの間の距離が「狭い」ことを言うサ行渡り語、縁語が集まっている。そこには大王、天皇の統治に関係する語が多く含まれている。それは、権力者から見て、広く間があいていると見える権力者と人民の間、人民と人民の間の距離を狭くすることが統治の根源であるという考えによるものと思われる。
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「さぐ(削ぐ)、すぐ(削ぐ)、そぐ(削ぐ)」(sg)
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さ( )-さぐ(削ぐ)~きさぐ(刮さぐ)(キ接)〔「削ぐ」を想定する〕
す( )-すぐ(削ぐ)-すげむ(皺げむ)〔頬がげっそり落ち窪む〕
-すげぶ(皺げぶ)
そ( )-そぐ(削ぐ)-そげる(削げる)
~こそぐ(刮そぐ)-こそげる「根こそぎ」(コ接)
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「さぐ(探ぐ)、すが(眇)」(sg)
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さ( )-さぐ(探ぐ)-さがす(探がす)-さがさす-さがさせる-さがさせらる-さがさせられる
-さがさる-さがされる「さぐめ(探女)」
-さぐる(探ぐる)-さぐらす-さぐらせる-さぐらせらる-さぐらせられる
-さぐらる-さぐられる
~まさぐる(マ接)
す( )-すが(眇が)-すがむ(眇がむ)-すがめる「すがめ眇(探るような目つきの意か)」
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「ささ、すす、せせ、そそ」(ss)
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名詞 ささ( )-ささく「さざ/さざれ(さざなみ細波、ささら筅、さざれいし細石)」
-ささむ(囁さむ)-ささめく/そそめく
-ささゆ(囁さゆ)-ささやく/そそやく(囁く)
さす( )-さすふ(誘すふ)
さそ( )-さそふ(誘そふ)-さそはる-さそはれる
すす( )-すすく(進すく)
-すすぐ(濯すぐ)
-すすす(進すす)「すすしきほふ」
-すすむ(進すむ)-すすます-すすませる(勧む)
-すすめる-すすめらる-すすめられる
-すする(啜する)-すすろふ
せせ( )-せせる(潺せる)-せせらぐ
そそ( )-そそく(噪そく)
-そそぐ(注そぐ)-そそがす
-そそがる-そそがれる
-そそる(唆そる)-そそらる-そそられる
サ行模写語群である。大きなことの反対、小さなささやかな物や事、動きを表現している。「すすす/すすむ(進す/進む)」は、軍隊が堂々と行進するさまではなく、本来は虫や小動物が物陰をささっと走る姿でありそうである。
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「さす(止す)、さふ(障ふ)、さゆ(障ゆ)」
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さ( )-さす(止す)~とざす(と止す)(戸鎖す)〔中途で止める〕
-さふ(障ふ)-さはふ(障はふ)
-さはる(障はる)-さはらす-さはらせる(触はる)
-さはらふ
-さはらる-さはられる
-さへく(遮へく)-さへきる
-さへぐ(遮へぐ)-さへぎる
-さへぬ(障へぬ)-さへなふ
-さへる(障へる)
-さゆ(障ゆ)-さやす(障やす)
-さやる(障やる)
人の動きを”押しとどめる、邪魔する”である。
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「さす(差す、刺す、射す、挿す、注す、点す、指す・・)」
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さ(差)-さす(差す)-ささぐ(捧さぐ)-ささがす-ささがせる
-ささげる-ささげらる-ささげられる
-ささす(刺さす)-ささせる-ささせらる-ささせられる
-ささる(刺さる)-さされる
~きざす(き差す)(兆す)(キ接)
~なざす(な差す)(名指す)(ナ接)
~めざす(め差す)(目指す)(メ接)
~をざす(を差す)(建す/尾指す)(ヲ接)
「さす」には、上記のように、さまざまな漢字が当てられるほどに、さまざまな場面で使われる。細く鋭いものを、光線や視線なども含めて、突き込む意である。それらが飛びこんでくることである。さまざまな「差す」の間の違いは、突きつめればないに等しいが、日用段階では明らかに区別される。
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「さすふ(誘ふ)、さそふ(誘ふ)、すすむ(勧む)、そそる(誘る)」(ss)
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さ( )-さす( )-さすふ(誘すふ)
-さそふ(誘そふ)-さそはる-さそはれる
す( )-すす( )-すすむ(勧すむ)-すすめる-すすめらる-すすめられる
そ( )-そす( )-そそる(誘そる)-そそらる-そそられる
”勧誘する”意の「ss」語が集まっていると見る。おそらく上記の模写語群と同語であろう。
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「さは(醂)、あは(淡)」(sh/&h)
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名詞 さは(醂 )-さはす(醂はす)「さはし(淡し)、きさはし木醂」
-さはむ(醂はむ)
あは(淡 )-あはす(淡はす)「あはし(淡し)」(s-h相通形)
-あはつ(淡はつ)-あはたす
-あはづ(淡はづ)〔淡くなる、浅薄になる、衰える〕
-あはむ(淡はむ)
伊邪那岐、伊邪那美の神が生んだ「あはち/あはぢ(淡路島)」の「あは」であろうが「あはち」とはどのような土地を言うのであろうか。しかも時代的にその前に「さはち/さはぢ(島)」の長い時代があったことになる。さらにその前の「わはち/わはぢ(島)」の存在すら予想されるのである。和語の音の「わは-さは-あは」の流れの中で、「淡路島」の名は一番新しい。そのことは太安万侶もご存じなかったようである。
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「さは(多)、あは(多)」(sh/&h)
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名詞 さは(多 )-
あは(多 )-
類語に「しじ繁」「あまた多」がある。
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「さは、さひ、さへ、しは、すは」(sh)
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名詞 さは( )-
さば( )- -さばめく「さばあま騒海人」
さひ( )- -さひづる(囀ひづる)-さひづらふ
さへ( )- -さへづる(囀へづる)
-さへく(囀へく)〔鳥がやかましく囀る〕
しは( )-しはぐ(嗄はぐ)-しはがる(嗄はがる)-しはがれる(しゃがれる)
-しはぶ(嗄はぶ)-しはぶく(嗄はぶく)
-しはぶる(嗄はぶる)
-しはべる(嗄はべる)(しゃべる)
すは( )- -すはぶく(嗄はぶく)
すふ(吸ふ)-すはす(吸はす)-すはせる(吸はせる)-すはせらる-すはせられる「はやすひ速吸」
-すはる(吸はる)-すはれる(吸はれる)
これらは、おそらく息を吸ったり吐いたり意味のとれない音(声)を発したりする意の(sh)模写語群である。現代の「スースー」である。「さひづる-さひづらふ」の「つる-つらふ」は、大言海の言う通り、「あげつらふ」「ひこづらふ」のそれと同じで、「つる連」であろう。一度だけスースーするのではなく、繰り返し行う意である。
「海人(あま)さばめきてみことのりに従はず(紀応神三年)」。日国は「さばめく」を「やかましくさわぐ。さわぎたてる。ざわめく」と語釈した上で、補注において「「さば」はさわがしさを表わす擬声語とする説がある」と特記している。これは補注の通りおそらく海底から浮上した海女が激しい呼吸音を立てるさまを言うであろう。
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「さふ(支ふ)」(sh)
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さ( )-さふ(支ふ)=ささふ(支さふ)-ささへる-ささへらる-ささへられる
類語に「かふ(支ふ)」がある。
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「さむ(褪む)」(sm)
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さ( )-さむ(褪む)-さます(褪ます)-さまさる-さまされる
-さめる(褪める)
す( )-すむ(澄む)-すます(澄ます)-すませる
~あす(浅す)-あさふ(浅さふ)「あさし浅」(ア接)
~あさむ(浅さむ)「あさまし浅」
~あせる(褪せる)〔色が浅く(薄く)なる〕
~うす(薄す)-うすむ(薄すむ)-うすまる「うすし薄」(ウ接)
-うすめる-うすめらる-うすめられる
~うする(薄する)-うすらぐ
-うすらふ
-うすらむ
-うすれる
お( )-おそ(遅そ) -おそなふ-おそなはる「おそし遅」
「あさ浅」「うす薄」「おそ遅」は(&s)縁語である。物理的な現象のほかに、人について「浅薄、遅鈍」を言う語群のようである。これらは根本義をもつ一拍語「さ/す」が接頭語「あ」「う」「お」をとった形と見ている。「うする」はここでは色の濃淡に限っているようである。場面によって、或いは時代的変化によって、これが飲食物の味の淡さや物の厚みの薄さ、知的活動の薄さなどをも言うものと思われる。
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「さむ/さぶ(寒む、冷む、覚む)」
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さ( )-さむ(寒む)-さます(寒ます)-さまさす-さまさせる「冷ます、さむし(寒シ)」
-さまさる-さまされる
-さませる
-さめる(覚める)
~あさむ(あ寒む)(諫む)
~いさむ(い寒む)(諫む)-いさめる-いさめらる-いさめられる
この語群は、身体感覚の「寒し」が大本であろう。一連の動詞は、かっかとして熱くなっている人に水をかけて冷静になれと冷ますことを言っていると思われる。「あさめる、いさめる」は”かっかとしている頭を冷やす”意と考えられる。「(目を)覚ます」を含めるにはやや無理が感じられるが、拡張型と見ておく。
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「さむ(醒む)、さゆ(冴ゆ)」
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さ( )-さむ(醒む)-さます(醒ます)-さまさす-さまさせる(覚む)
-さまさる-さまされる
-さませる
-さめる(醒める)
~いさむ(諫さむ)-いさめる-いさめらる-いさめられる
さ( )-さゆ(冴ゆ)-さやむ(冴やむ)
-さyeる(冴yeる)
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「さる(浚る)、する(擦る)、そる(剃る)」(sr)
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さ( )-さる(浚る)-さらふ(浚らふ)-さらへる(攫ふ)
~かさらふ(かっさらふ)(カ接)
す( )-する(擦る)-すらす(擦らす)-すらせる「するする」
-すらる(擦らる)-すられる
-すれる(擦れる)
~かする(か擦る)(カ接)
~こする(こ擦る)(コ接)
~さする(さ擦る)(サ接)
~なする(な擦る)(ナ接)
そ( )-そる(剃る)-そらす(剃らす)-そらせる
-そらる(剃らる)-そられる
渡り語「さ/す/そ」で、もとは模写語であったであろう。一拍語「す」で「擦る」ことに関するあらゆることを言い表す一時期があった。「すべすべ-すべる」も「すらすら、すりすり、するする」も入るであろう。
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「さる(晒る)、しら/しる/しろ(白)」(sr)
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さ( )-さる(晒る)-さらく(曝らく)-さらける「さら新/更」
-さらす(晒らす)-さらさる-さらされる
-さらぶ(曝らぶ)-さらばふ-さらばへる「おyiさらばふ老曝」
-さらぼす
-さらぼふ「やせさらぼふ痩曝」
-さらむ(晒らむ)
-される(曝れる)「されかうべ/しゃれこうべ髑髏」
名詞 しら(白 )-しらく(白らく)-しらかす
-しらける
-しらぐ(白らぐ)-しらがふ
-しらげる
-しらぶ(白らぶ)-しらべる-しらべらる-しらべられる(調べる)
-しらむ(白らむ)-しらまく-しらまかす
-しらます
-しらる(知らる)-しられる
-しるす(記るす)-しるさる-しるされる
名詞 しろ(白 )-しろむ(白ろむ)「つきしろむ搗白」
この(sr)語群は、もとは、動物や人の死骸が野原に放置され風雨に曝されて白骨化していく状況を言うものであったであろう。
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「さる(戯る)、ざる(戯る)」(sr/zr)
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さ( )-さる(戯る)-される(戯れる)(しゃれる)
ざ( )-ざる(戯る)-ざれる(戯れる)(じゃれる)
「ざる」から「さる」の存在を推測したもの。「じゃれる」「しゃれる」の対応からも補強される。
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「さる(去る)」
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さ( )-さる(去る)-さらす(去らす)-さらせる「さりく去来、さりゆく去行、あけさる明去、ありさる在去」
-さらる(去らる)-さられる
-さらふ(去らふ)「よこさらふ横去」
~しさる(し去る)(シ接)
~すさる(す去る)(ス接)
「やる(遣る)」と縁語をなすか。
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● ● ≪ししし≫ ● ●
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「しく(湿く)、しつ(湿つ)、しと(霑 )、しほ(潮 )、そほ(霑 )、しむ(染む)そむ(染む)」
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し( )-しく(湿く)-しける(湿ける)「しくしく/じくじく」
-しつ(湿つ)-したつ(滴たつ)-したたる
-したづ(滴たづ)
-したむ(湑たむ)
名詞 しと(霑 )-しとつ(霑とつ)「しとしと-しっとり/じとじと-じっとり」
-しとむ(霑とむ)
-しとる(霑とる)
しほ(潮 )-しほつ(潮ほつ)(塩/潮)「しほしほ」
-しほる(霑ほる)
そほ(霑 )-そほつ(霑ほつ)「そほそほ、しょぼしょぼ-しょんぼり」
-そぼつ(霑ぼつ)
-そほる
し( )-しむ(染む)-します(染ます)-しませる「しみいる沁入、しみこむ染込、しめころも染衣」
-しみる(染みる)「しみしみ」
-しめす(湿めす)
-しめる(湿める)-しめらす-しめらせる《しめしめ/じめじめ》
-しめらふ
~なじむ(な染む)-なじます-なじませる(馴染む)(ナ接)
~にじむ(に染む)-にじます-にじませる(滲染む)(ニ接)
そ( )-そむ(染む)-そます(染ます)-そませる-そませらる-そませられる
-そまる(染まる)
-そめる(染める)-そめらる-そめられる
「し/そ」をもとにする水に濡れることを言う模写語とそれをもとにする濡れ濡れ語群である。そこに塩と潮解現象に関する語も含まれる。
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「しく(若く)」
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し( )-しく(若く)「若くはなし、若かず」
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「しく(頻く)」
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し( )-しく(頻く)-しきる(頻きる)
「しきなく頻鳴、しきなみ頻波、しきふる頻降、しきまき重播*頻蒔、しきりに頻」
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「したし(親し)、したふ(慕ふ)」
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名詞 した(親 )「したし親、したしむ親」
した(慕 )-したふ(慕たふ)-したはる-したはれる「したはし、いしたふや」
「したがふ従」などに共通する「した(下)」ではない「した」があると思われるが不詳である。
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「しなしな、しわしわ、しをしを」
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名詞 しな(撓な)-しなふ(撓なふ)「しなしな」
-しなゆ(撓なゆ)
-しなる(撓なる)
-しなwu(撓なwu)
しわ(皺 )-しわむ(萎わむ)「しわしわ」
しを(萎 )-しをる(萎をる)-しをれる「しをしを」
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「しぬふ(偲ぬふ)、しのふ(偲のふ)、しのぶ(偲ぶ)」
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し( )-しぬ( )-しぬふ(偲ぬふ)
-しのふ(偲のふ)「しのひこと偲言*誄(誄詞)、くにしのひうた国思歌、しのふくさ」
-しのぶ(偲のぶ)
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しのぶ(忍ぶ)
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し( )-しぬ( )-しのぶ(忍のぶ)「たへしのぶ(耐え忍ぶ)」
上記の「しのぶ(偲ぶ)」と合わせ不詳語である。
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「しふ(癈ふ)、しふ(癈ふ)、しる(痴る)」
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し( )-しふ(癈ふ)-しひる(癈ひる)「あきしひ精盲、めしひ目癈、みみしひ耳癈」「しひれめ癈目」
-しふる(癈ふる)
-しぶ(痺ぶ)-しばる(痺ばる)-しばれる〔寒さで体の感覚が失せる〕
-しびる(痺びる)-しびれる
-しぶる(痺ぶる)-しぶらる「しぶ渋、しぶしぶ渋々、渋る」
-しる(痴る)-しらす(痴らす)「しれもの痴者」
-しらふ(痴らふ)「おyiしらふ老痴」
-しれる(痴れる)「ゑひしれる酔痴」
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「しふ(誣ふ)」(sh)
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し( )-しふ(誣ふ)
日国は「事実を曲げて言う。つくりごとを言う。こじつける。あざむく。」の意で、上記の「しふ(強ふ)」と同語とする。
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「しむ(凍む)」(sm)
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し( )-しむ(凍む)-しみる(凍みる)
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● ● ≪すすす≫ ● ●
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「す(簀)、す(鬆)、すく(空く)、すく(漉く)、すく(透く)、すく(梳く)、すく(鋤く)」
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す(鬆)-すく(空く)-すかす(空かす)-すかせる
-すかふ(透かふ)
-すける(透ける)
上記の「す鬆」は大根や牛蒡を長くおいたときにできる内部の空隙で、また「すのこ」の「す(簀)」は細い竹を並べて作った隙間である。この「す」から隙間をつくる動詞が「す-すく-すかす-すかせる」ときれいに並んでいる。例えば農具の「すき(鋤)」は田畑の固まった土砂を掘り返して隙間をつくる道具で、それは取りも直さず”すかす”ことに外ならない。「すく」には「すく(空く)、すく(漉く)、すく(透く)、すく(梳く)、すく(鋤く)」などさまざまな”すかす”作業がある。
この「すく」と同語と考えられるのが次項の「すく(少)」である。
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「すく(少)」
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す( )-すく(少く)-すくむ(竦くむ)-すくます-すくませる「すくなし、すくなひこ少名彦」
-すくめる
すか(少 )「すかすか」
すけ(少 )「すけすけ、すけなし」
すこ(少 )「すこし少、すこぶる頗」
せこ(少 )「せこし」
そこ(少 )「そこそこ」
「すきま隙間」と「少ない、少し」が(sk)縁語というのも妙であるが、「すきま」は元来小さなものであるということで納得されるであろう。「すくなし」は、”すく”がいっぱいの意である。
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「す(煤)、すす(煤す)、すぶ(煤ぶ)、すむ(煤む)」
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す(煤)-すす(煤す)-すすく(煤すく)-すすける「す煤/すす煤」
-すすぶ(煤すぶ)
-すむ(煤む)「すみ炭、すみ墨」
-すぶ(煤ぶ)
「難波人葦火炊く屋の”煤し”てあれど己が妻こそ常めづらしき(m2651)」
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「す(酢)、すく(酸く)、すふ(饐ふ)、すゆ(饐ゆ)」
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す(酢)-すく(酸く)「す酢」「すし(酸シ)、すっぱし」
-すふ(饐ふ)-すへる(饐へる)「すへりくさし(饐へり臭し)」
-すゆ(饐ゆ)-すゆる(饐ゆる)「すゆりくさる」
-すyeる(饐yeる)
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「すく(結く)」(sk)
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す( )-すく(結く)〔網を編む〕「あみすきはり(網結針)」
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「すく(助く)、すくふ(救ふ/掬ふ)」(sk)
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す( )-すく(助く)-すくふ(救くふ)-すくはす-すくはせる「すけ助*次官、すけっと助人」
-すくはる-すくはれる
~たすく(た助く)-たすかる(タ接)
-たすける-たすけらる-たすけられる
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「すく(好く)」(sk)
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す( )-すく(好く)-すかす(好かす)-すかせる「すき(数奇、数寄)」
-すかる(好かる)-すかれる
日国によれば上代に確例のない中古語の由である。
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「すく(結く)」(sk)
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す( )-すく(結く)〔網を編む:あみすき網結針〕
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「すぐ(挿ぐ)」(sg)
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す( )-すぐ(挿ぐ)-すげる(挿げる)「(鼻緒を)挿げる」
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「すぐ(過ぐ)、すぐる(過ぐる/優る)」(sg)
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す( )-すぐ(過ぐ)-すがる(過がる)「(夜も)すがら」
-すぎる(過ぎる)
-すぐす(過ぐす)
-すぐる(過ぐる)-すぐれる「すぐる(優る)-すぐれる(優れる)」
-すごす(過ごす)-すごさす-すごさせる「すごし(凄シ)」
-すごさる-すごされる
「つぐ(次ぐ/継ぐ)」の(t-s)相通語「すぐ(次ぐ)」の縁語か。
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「すぬ(拗ぬ)、そぬ(嫉ぬ)」(sn)
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す( )-すぬ(拗ぬ)-すねぶ(拗ねぶ)
-すねる(拗ねる)
そ( )-そぬ(嫉ぬ)-そねむ(嫉ねむ)-そねまる-そねまれる
「すぬ」と「そぬ」は、曲がった心が自分に向かうか他人に向かうかの違いがあるが、ともに(sn)縁語としてまとめてみたもの。原義の由来は不明である。
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「すべる/そべる(滑る)」
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名詞 すべ( )-すべす(滑べす)「すべすべ」
-すべる-すべらす-すべらせる(滑べる)
そべ( )-そべる「寝そべる」
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「すむ(住む)」
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す( )-すむ(住む)-すます(住ます)-すませる「す巣」
-すまふ(住まふ)-すまはす-すまはせる
-すまる(住まる)
-すめる(住める)
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「すむ(済む)」
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す( )-すむ(済む)-すます(済ます)-すませる(済ませる)
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「すむ(澄む)」
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す( )-すむ(澄む)-すます(澄ます)-すませる(澄ませる)
上記「住む」「済む」「澄む」は意味も長語化の過程もよく似ており、何らかの関係があると思われる。この点について日国のそれぞれの語源説欄にさまざまな議論が見られる。
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● ● ≪せせせ≫ ● ●
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「せがむ」
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せ( )-せぐ(縋ぐ)-せがむ(せがむ)-せがまる-せがまれる
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● ● ≪そそそ≫ ● ●
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「そす(誹す/過す)」
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そ( )-そす(誹す)-そしる(誹しる)「いひそす(言ひ過す)、みそす(見過す)」
ここでは「そす(誹す)」と「そす(過す)」をひとつと見ている。
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「そぶ(聳ぶ)、そる(隆る)」
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そ(隆)-そぶ(聳ぶ)-そびく(聳びく)「そば(岨)」
-そびゆ(聳びゆ)-そびやく-そびやかす
-そびyeる「そびyeあがる(聳上)」
-そる(隆る)=そそる(隆そる)「そそりたつ隆立、あまそそる天隆」
両語は「そ」にもとづく縁語と見られる。一拍語「そ」にそそり立つ意があるということになる。名詞「そば岨、そばぢ岨道」〔切り立った崖〕は(sh/sb)縁語である。中空にすっくと聳える山々についてそれを一拍語「そ」で表現した時代があったと考えられる。「せ/そ背」との関連も考えられる。
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「そぶ(戯ぶ)」
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そ( )-そぶ(戯ぶ)-そばふ(戯ばふ)
-そばゆ(戯ばゆ)
-そぼる(戯ぼる)
~あそぶ(あ戯ぶ)-あそばす-あそばせる「あそびべ遊部、とりのあそび」(ア接)
-あそばる-あそばれる
~いそばふ(い戯ふ)(イ接)
~おそばふ(お戯ふ)(オ接)
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「そむ(初む)」
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そ( )-そむ(初む)-そめる(初める)
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「そる(逸る/反る)」
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そ( )-そる(逸る)-そらす(逸らす)-そらせる(反る)
-それる(逸れる)
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完
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