沖縄の「のろ」が登場すると「ゆた」にも触れないわけにはいかない。どちらも年季の入った女性の宗教者であるが、「のろ」が体制に組み込まれ琉球神道にのっとった祭祀を主宰する巫女(みこ)であるのに対し、「ゆた」は民衆の中から生まれ民衆の中にあって求めに応じて神託を告げるいわゆる”口寄せ”を業とするものであるという。
よく知られているのは南は沖縄県の「ゆた」と北の青森県の「yiたこ」である。このふたつは言うまでもなく根はひとつで同語と言って差しつかえない。これは「yiふ(言ふ)」を含むヤ行渡り語「や、yi、ゆ、ye、よ」からはね出し長語化したものである。後にも触れるが、このヤ行渡り語の意味するところは”良いことを言う”である。
しかしながらこれに関しては資料が乏しくその変転をきれいに図化することは難しい。そこで、誤りやとりこぼしを恐れず、和語(w)、琉球語(r)、アイヌ語(a)をひとつの動詞図(縁語図)にまとめてみた。
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や(彌)~いや(w)(い彌)「いやおひ/やよひ(彌生)」(よくぞ生えて/成長してくれたものだ)
yi(言)-yiた(a)(言つ)-yiたく(a)(話す )-yiたくて(話させる)「yiたか、yiたこ、yiちこ」
~おyiたく(話をする)、~こyiたく( )、~ぱyiたく( )
-yiつく (斎つく)
-yiふ(w)(斎ふ)-yiはす (言はす)-yiはせる(言はせる)
-yiはふ (祝はふ)-yiははる(祝ははる)-yiははれる
-yiはゆ (言はゆ)「いはゆる(所謂)」
-yiはる (言はる)-yiはれる(言はれる)
-yiむ(w)(斎む)-yiます (斎ます)-yiましむ-yiましめる(「yiむ」ようにさせる)
-yiまふ (斎まふ)「yiまはし(忌はし)」
-yiまむ (斎まむ)
-yiもふ (斎もふ)
-yiゆ(w)(癒ゆ)-yiやす (癒やす)-yiやさる-yiやされる
-yiyeる (癒yeる)
-yiる(w)(言る)-yiらふ (答らふ)-yiらへる
~いyi(r)(言ふ)~いyiん(r)(言ふ )
ゆ(言)-ゆか(a)(言ふ)-ゆから(a)(唄歌ふ)~えゆから(真似る)「ゆから」「ゆからくる(ゆから歌い、詞曲人)」
-ゆた(a)(言ふ)-ゆたら(a)(伝へる)~えゆたら(知らせる)「ゆた」「ゆたゆん、ゆんた、ゆんたく(おしゃべ り)、ゆん(言葉)」「ゆたらくる(使者)」
-ゆふ (言ふ)-ゆはる (言はる)-ゆはれる(言はれる)
-ゆむ (斎む)-ゆまふ (斎まふ)-ゆまはる
-ゆまむ (斎まむ)
~いゆ (癒ゆ)-いやす (癒やす)-いやさる-いやされる(イ接)(良くする)
-いyeる (癒yeる)(良くなる)
~いゆ(r)(言ふ)-いゆん(r)(言ふ )
ye(言)-yeぱ(a)(言ふ)「あいぬ-yiたく-ye(アイヌ-語を-話す)」「ほye(尻話、猥談)」
-yeる (選る)-yeらぶ (選らぶ)-yeらばる〔”良い”ものをとり上げる〕
~あye(a)(言ふ)
~いye(a)(言ふ)
せ(言)〔「ye」の(y-s)相通語〕
よ(善)-よく(w)(善く)-よける (善ける)(”良い”ものをとり分ける)
-よる(w)(選る)-よらる (選らる)(”良い”ものをとり上げる)
-よろふ (選ろふ)「とりよろふ」
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上記の一群の語はすべて”良い”という意のヤ行一拍語「や、yi、ゆ、ye、よ」とそれが長語化したものであり、良いという語意は語頭のヤ行拍にあることに注意したい。今日何気なく使う「yiふ/ゆふ(言ふ)」とは”良いことを言ふ、良かれと思って言う”のが本来の意である。
そうとすれば、今日の「よく(除く、避く)-よける」は、汚いもの、嫌なもの、不用のものを取り除けることであるが、もとはその反対で、良いものを(大事に)取り分ける意であったと考えないわけにいかない。
同じように、「yeる(選る)-yeらぶ」「よる(選る)-よろふ」も良いもの、良い人をとり出す営為である。万葉集の二番歌「大和には群山あれどとりよろふ天の香具山登り立ち国見をすれば」とある”とりよろふ”がこれで、大和の山々の中から特に良い山を”選び出して”の意となるであろう。
肝心の琉球語「ゆた」とアイヌ語「yiたこ」であるが、これは上に見るように和語の動詞図にきれいに乗ってこない。「ゆーから」も同じである。今は個別的な検討によるほかない。だが今はそれ以前の段階で、「ゆた」「yiたこ」「ゆから」はどれも上記ヤ行渡り語のなかに含まれていることが証されたというにとどまる。
「yiたこ」は、三拍動詞「yiたく(話す、言ふ)」の名詞形と見られる。「yiちこ」「yeちこ」などは「yiたこ」の地域を異にする別表現、訛りか。
「ゆんた」は「ゆた」の強調形と見られる。八重山諸島に伝わる古謡で、竹富島の”さーゆいゆい”で知られる「安里屋(あさとや)ゆんた」がある。これは「安里屋(地名)のゆた」の意で、それがいつかこの種の形式の労働歌の名前となった。
「ゆから」には「かむyi-ゆから(神謡)、あいぬ-ゆから(英雄叙事詩)、ぽね-こ-ゆから(骨に聞かせる叙事詩)」などいくつかの種類がある。日本語では「ゆーから」として定着している。
原始日本語は和語、琉球語、アイヌ語に分かれたが、上の図はその過程を通じて当時存在した”良いことを言う”意のヤ行渡り語がそれぞれの言語内でどのように長語化したかをおぼろげながら示してくれているように思われる。