「かみ(神)」(026)

 

 

 大昔われわれの祖先はどのようにして”神”なるものに思い至ったのか。しかしてそれをどうして「かみ」と呼ぶようになったのか。ここでは”神”についての議論はおいて、今日に受けついできた「かみ」なる言葉について考える。

 

1)和語における「かみ」とその縁語群

 

 和語「かみ(神/ka-mi)」は(km)なる子音コンビをもっており、これが語の意味を決めている。従って同じ(km)子音コンビをもつ語は「かみ(神)」と意味の上で青通ずるものをもち、縁語群を形成している筈である。もちろんすべての(km)語が同じような意味をもって縁語群をつくるのではなく、一語一語吟味しなければならない。

 

 そこで最初の作業としては(km)子音コンビをもつ語をすべて洗い出してみることになる。

 

かま かみ かむ かめ かも(鎌、窯、蒲;上、神、髪、守;神、噛む;亀、瓷;鴨、加茂・・・)

きま きみ きむ きめ きも(君;決む;肝・・・)

くま くみ くむ くめ くも(熊、隈、奠〔神稲、奠代〕;汲む、組む;久米;雲、蜘蛛・・・)

けま けみ けむ けめ けも(

こま こみ こむ こめ こも(駒、狛、独楽;籠む;米;薦・・・)

 

 これらの(km)語の中から「かみ/かむ(神)」と意味の上で直接的につながりそうな語には「かみ(上)、かみ(守)、きみ(君)」などがあるであろう。そのほか「かめ、かも、くま、くめ」などはその音自体に神意が感じられるものと思われ、さまざまな当て字を当てて「かめ(亀)、かも(鴨、加茂川、鴨神社)、くま(熊)、くめ(久米)」等々普通語や人名、地名などに多用されてきた。特に「くま」には「くましね、くましろ」のように「かみ」「きみ」に並ぶ重い意味が込められていると思われる。

 

2)「かみ(神)」語とその姉妹語

 

 上記のような背景をもとに、三姉妹語の対照関係は次のようになるであろう。

 

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      |  和語        |  琉球・沖縄語    |  アイヌ語

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  神   |かみ、かむ       |かみ          |かむい

  上   |かみ          |かみ、あがい      |か、かんな

  雷   |かみなり(神鳴)    |かんない(神鳴)    |かむいふむ(神音)

  構う  |かまふ/かばふ      |かむいん        |かむ

  肝   |きも          |ちむ          |きのぷ

  熊   |くま          |(くま)        |かむい、きむんかむい

 

 

3)”上”を言う「か」

 

 ここで注目されるのはアイヌ語「か(上)」である。今日では”上方”の意で「かんな、しかんな」として使われているようである。この「か」が「かみ(神・上)」の「か」であり、後項の「み」はおそらく特に大きな意味をもたない付加語、動詞語尾と思われる。動詞図を作れば次のようになるであろう。

 

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か(上)-かむ(上む)-かまふ(構まふ)〔神が人の面倒を見るというほどの意〕

           -かばふ(構ばふ)〔同上。後に弱者を「庇う」意に傾いた〕

           -かむる(上むる)「(冠を)被る」

           -かぶる(上ぶる)

           ~あがむ(あ上む)-あがめる「崇む-崇める」(ア接)

           ~あがる(あ上る)(琉球語:あがい、あがゆん、あぎゆん)

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 琉球語では二拍語「かむ」が長語化して例えば「かみーん(頭に乗せて運ぶ、おしいただく、角で突き上げる)」「かみあちねー(上商い、女が商品を頭にのせて売り歩くこと)」(以上「琉和辞典」)などとして使われている。

 

 アイヌ語においては次の「か」と「け」が認められる。

 

か:かつけまつ(身分の高い女性)

け:けゑり(背が高い、 丈が高い)

 

 ひとつの問題はアイヌ語における”高い”を意味するもっとも一般的な語の「り」である。と言うのはどう見てもこの「り」に”高い”の意味を求めることは難しいからである。ところでアイヌ語には別に”高い、高い所”を言う「りく、りきん、りくん」がある。仮にこれら三語の語頭の「り」に続く「く/きん/くん」を”高い”を意味する「か」と同じ意味のカ行渡り語と見ると、「り(前接語)+く/きん/くん(高い)」と解することができる。つまり「り(高い)」は後項の「き、く」が意味する”高い”の意味をぶんどって一人歩きを始めたものと考えられるのである。

 

 この考えを進めると、「き」と「く」が新たに”高い”を意味するカ行語に加わり、上記の「かつけまつ」の「か」、「けゑり」の「け」と並んで、”高い”を意味する「か、き、く、け」のカ行渡り語が出来上がることになる。「こ」もどこかに隠れているであろう。アイヌ語における渡り語のひとつの例である。

 

4)”下”を言う「か」

 

 原始日本語で行われていたであろう一拍語「か」は上に見るように”上”を意味した。しかしながら当時の日本語は、例えば「ひ(火)」が同時に「ひ(冷/氷)」を意味したと同じように、この「か」は同時に”下”をも意味した。当時の日本語では”上下”のような対立する状況を別語で捉えることなく、程度問題として同語で捉えたと考えられる。

 

 この”下”を意味する一拍語「か」はアイヌ語において辛うじて残っていた。この「か」は和語において「か、く、こ」のカ行渡り語をつくっていることが分かる。動詞図は次のようになるであろう。

 

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か(下)-かむ(下む)=かがむ(下がむ)-かがまる

                    -かがめる

           ~おがむ(お下む)「拝む」(オ接)

く(下)-くづ(下づ)-くだす(下だす)

           -くだる(下だる)

    -くむ(下む)=くぐむ(下ぐむ)-くぐまる

                    -くぐめる

こ(下)-こむ(下む)=こごむ(下ごむ)-こごまる「屈む」

                    -こごめる

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 アイヌ語においては”下”を意味するカ行渡り語は次のような語に残されている。

 

か:えかった(さっと下ろす、急いで下ろす)

く:ほっく(かがむ、こごむ)

け:ほんけし(下腹)

こ:こらん(下りる)

 

4)「かみ(神)」と「かみ(上)」にかかわる”上代特殊仮名遣い”について

 

 上に見るように「かみ(神)」と「かみ(上)」は子音コンビ(km)を共有し意味の上からも相通じるものがあり縁語と認められる。日国の”神”の項の語源説欄にも『カミ(上)に在って尊ぶところから、カミ(上)の義〔日本釈名所引直指抄・東雅・神代史の新研究=白鳥庫吉〕』説が見える。

 しかしながらここにひとつ問題がある。それは古い日本語の仮名の使い分けに関する「上代特殊仮名遣い」という議論があり、これによれば「かみ(神)」の「み」と「かみ(上)」の「み」とは発音が異なり「神」と「上」を同語と認めることはできないとされることである。多くの古語辞典の「神」の項はおそらく何らかの形でこのことに触れている筈である。

 

 「上代特殊仮名遣い」について議論するにはこの場は適当ではないので別に改めて取り上げる。ただここでは筆者(足立)としては「上代特殊仮名遣い」はこれをまったく考慮に入れていないということを申し上げるにとどめたい。その必要がないからである。