さきに「き木」の例で見たように、和語にあっては”木”を指す一拍語「き」はそれひとつであるのではなく、最大「か、き、く、け、こ」の五段に渡って縁語群をつくっている。「き(木)」の場合、「か」はまだ見つからないが、「き(木)、く(くだもの)、け(まけばしら)、こ(木陰)」のようにそれぞれ”木”を意味する四つの独立語「き」「く」「け」「こ」があり、これらで縁語群をつくっている。
そこで人が寄って立つ”大地、土地”であるが、原始の日本人はこれを一拍語で「た」と呼んだ。後の”田んぼ”の「た」である。和語にあっては「た」のほかに「ち(地)」「つ(津)」「と(土)」と似た意味をもつタ行渡り語が成立したと考えられる。「て」はまだはっきりしたものは見つかっていないが、例えば”土手”の「て」である。今は「どて」と言えば「土”手”」しか思い浮かばないが、これを「どて土堤、どせ土瀬、どね土峰・・」などそれらしいものと言い換えて見ると、「ど”て”」と言って川の流れに沿った土の高みがあったとしても無理はないであろう。とまれ現代語までにはっきりそうと捉えられるのは下記に見る「た」「ち」「つ」「と」の四つである。
こうしてできたタ行語が時代が進むにつれて語を構成する子音、特に語頭の子音が変わっていく相通現象によって、一方はサ行語に、もう一方はナ行語に相通語化した。このように子音が交替しても基本的な意味は変わらない。こうして下の図に見るようなきれいな土地、土石語体系ができ上ったと考えられる。横方向は渡り語、縦方向は相通語の関係である。ここに入れた漢字はあくまで単なる参考である。これら個々の一拍語の本来の意味は今後の検討課題である。
さ(砂)-し(石)-す(洲)-せ(瀬)-そ(磯)
↑ ↑ ↑ ↑ ↑
◎ た(田)-ち(地)-つ(津)-て( )-と(土)
↓ ↓ ↓ ↓ ↓
な(土)-に(丹)-ぬ(野)-ね(峰)-の(野)
ここではこまかい議論はおいて、それと気づかなくとも、土や石や砂に関して日本人は頭の中にこのような図をもっているであろう。耳から入って来たこれらの語を無意識に図の中に嵌めてその意味を理解している。まとめて「土石15語」とでも言うことができるひとつの大きな縁語群である。こうした一拍語をもとに日本語は語彙をふくらませて行った。
以上は和語の例について述べたが、当然のことながら姉妹語たる琉球語とアイヌ語においても同じような現象が見られる筈である。それらを表の形式を変えて眺めてみる。
| 和語 | 琉球・沖縄語 | アイヌ語 |
------------------------------------------------
さ |さ(砂*沙)、さす(砂洲) | | |
|いさご砂*沙、まさご真砂 | | |
し |し/いし(石) |し/しー(石)、いし(石) |しらら(岩、磯)、しり(地)|
|さざれし細石、 | |しりか(地面)、もしり(大地)|
| | |しりしもye(地震) |
す |す(洲)、すな(砂) | |すま(石) |
|すひぢ(洲土)、すはま州浜| |からすま(火打石) |
せ |せ(瀬) | | |
| | | |
そ |そ/いそ(磯) | |そ/いそ(岩、平岩) |
---------------------------------------------
た |た(田)、たゐ(田居) |た/たー(田)、ちゃ(地) |おた(土)、ぴおた(火山灰)|
| |あかんちゃー赤土、 |ぴくた砂 |
ち |ち(地)、つち土、とち土地|ち/ぢ/ぢー(地) |ちし(岩)、こぽんち(粘土)|
つ |つ(津) | | |
て | | | |
と |と/ど(土)、とち土地 | |とyi/とyiとyi(土、 砂) |
|とこ/ところ所、どろ泥 | |ふれとyi(赤土) |
---------------------------------------------
な |なゐ(田居)、なゐふる地震|なゐ(地震) |なyi(沢) |
に |に(丹)、はに(埴) | | |
ぬ |ぬ(野)、ぬま(沼) |ぬやま(野山) |ぬぷ(野)、きぬぷ(萱原) |
| | |ぬぷり(山) |
ね |ね/みね(峰)、たかね高嶺 |ねー(地震) | |
の |の(野)、のはら野原 | | |
---------------------------------------------
も | |もー(野)、もーあしびー(野遊び)| |
---------------------------------------------
琉球語では”野”の意は一般に「ぬ」で表現されるが、もうひとつ「もー」と言うという。「もー」には伝統的に”毛”や”野原”の漢字が当てられる。これは琉球語でも”野”を「の」と言った時代や地域がありそれが(n-m)相通化によりいつか「も、もー」と転じたものであろう。琉球でも「もーあしびー(野原遊び)」は万葉集時代の「うたがき(歌垣)」や「かがひ(嬥歌)」のような若い男女の出会いの場であったという。
アイヌ語はよく「土石15語」を引き継いでいる。”大地”を言うよく知られた「もしり」などの「しり」は「し(地)+り」で、和語の「ち(地)」であろう。「た」や「と」は双方がそのまま抱えてきた。
この表によっても和語、琉球語、アイヌ語の三語が「土石15語」を語群の構造と共に共有することが明らかである。
ここで表の見方に誤解のないように気のつくところを一二記しておきたい。
以上を通じて言えることは、「土石15語」は明らかに原始日本語の時代に成立していた。姉妹三語はそれを別々に受け継いで、途中互いに影響し合うこともなく、上の表に見るような地域的な変化を重ねながら今日の語の状況に至っているということである。
上の表を一見して和語の欄がもっとも密であるのに対して琉球語とアイヌ語は粗である。これはそれぞれの言語活動の大きさを示すものではなく、和人が古く大陸のシナ人より文字を習ったことにより比較的多くの記録を残すことができたことによる。それ以上に筆者(足立)の力不足により琉球語、アイヌ語の該当語の採取が行き届かないことによる。少なからぬ誤りがあるであろうことと合わせお詫びするほかない。
最後に本シリーズの文章を書くに当たっては主に次のウェブサイトを参照している。ここに記して厚く御礼申し上げる。
<和語>
ジャパンナレッジ(日本国語大辞典 第二版)
<琉球・沖縄語>
国立国語研究所 沖縄語辞典 データ集
沖縄方言辞典 あじまぁ沖縄
沖縄語辞典:琉球語辞典 琉和辞典、和琉辞典
<アイヌ語>
国立アイヌ民族博物館アイヌ語アーカイブ
バチェラーWEB蝦和英(かわいい)辞典
以上
(つづく)