2019/05/07
 万葉語に「ゆふだたみ(木綿畳)」「ゆふづつみ(木綿包)」なる語がある。たまたま目についたもので特別の意図はないが、両語はその語形から非常に近い関係にありそうに見える。事実時代別上代編にも「ゆふだたみ」と「ゆふづつみ」は「同じものというが、不詳」とある。ここではその意味はさておいて、辞書における両語のとり上げ方について考えて見たい。  時代別上代編も両語を別語として別々の見出し語としているが、これだけ似ている語をひとつに扱うことはできないか。そこで「ゆふだたみ」の「たたみ」は、二拍動詞「たむ」の頭積動詞「たたむ」の名詞形であり、「ゆふづつみ」の「つつみ」は二拍動詞「つむ」の頭積動詞「つつむ」の名詞形であることに気づく。そうとすれば「たむ」と「つむ」は互いに(tm)縁語動詞ということになる。ところでもうひとつ「たむ」「つむ」と意味のよく似た(tm)縁語動詞に「とむ」がある。「時代別上代編」ではまだ語の構成子音による縁語関係が知られておらず、「たむ」「つむ」「とむ」とそれらの派生語についての記述はばらばらである。しかるにこれら三語は、積み上がる、流れ来て止まるといった根本的な意味をもつタ行渡り語「た/つ/と」に立つ二拍動詞であり、「た/つ/と」に戻って意味や用法の記述がなされると極めて分かりやすくなるであろう。  これはほんの一例に過ぎないが、試みにこの三語の動詞図を作って見ると非常に綺麗な長語化過程を踏んでいることが分かる。いささか舌足らずであるが、将来的な国語辞典のひとつの形として、動詞図や縁語名詞をとり込んで記述を展開する方向があると思われる。 た(溜)-たむ(溜む)=たたむ(畳たむ)-たたます-たたませる「たたみ畳、ゆふだたみ木綿畳」                     -たたまる-たたまれる            -たまる(溜まる)            -ためる(溜める)-ためらる-ためられる つ(積)-つむ(積む)=つつむ(包つむ)-つつます-つつませる「つつみ包*堤、ゆふづつみ木綿包」                     -つつまる-つつまれる            -つます(積ます)-つませる-つませらる-つませられる            -つまる(積まる)-つまれる            -つめる(積める)            -つもる(積もる) と(止)-とむ(止む)=とどむ(止どむ)-とどまる「とみ富」                     -とどめる-とどめらる-とどめられる            -とます(富ます)            -とまる(止まる)            -とめる(止める)-とめらる-とめられる 完
2019/05/07
 さきに本ブログの『「いは(岩)」と「いへ(家)」』の項で「いは岩、いへ家、いほ/いほり廬」は”家”を意味するハ行渡り語「は、へ、ほ」のイ接語であることを述べた。...
2019/05/03
 辞書よれば「まづし貧」の本来の意味は「不十分である、足りない」ということのようである。例えば生計を営む上でまだまだ必要十分な資金や物資を得ていないこと言う。また、完成にはほど遠い、未完成である、ということも言っている。「まだ」十分でない、「まだし」、イ接語「いまだし」である。...
2019/05/03
 いわゆる形容詞「おほし多」「おほきし大」は、共に一拍語「ほ」に接頭語「お」のついたオ接語であることを「増補版」で指摘した。そして「ほ」には「火、穂、帆、秀」などが当てられる。「お(接頭語)+ほ(火、穂、帆、秀)」である。ところで「火、穂、帆」はどれも勢いよく高く立ちあがるもので、そこに共通性が感じられる。その共通性が「ひ、ほ(秀)」という抽象語であるであろう。これに従うと、「おほし」「おほきし」の本来の意味は、数量的なものではなく、「勢いがある、気高い、神々しい」あたりとしか考えられない。「おほし多」「おほきし大」は共に「おほ」語として、区別はなかったと考えられる。「おほくにぬし」の命は、多数の国の命とも大きな国の命ともとれるのである。  ところで、もうひとつ「多い」ことを言う古語に「あは」がある。「あはに/さはに」(「さはに」は &-s 相通語)の形で用いられる。この「あは」が「おほ」と(&h)縁語と考えることができるのである。つまり、「あ(接頭語)+は(多)」である。ということは、「多い、大きい」ということを原意とするハ行渡り語「は、ほ」があって、「は」は接頭語「あ」をとって「あは」となり、「ほ」は接頭語「お」をとって「おほ」となった、と考えるほかない。これはこれで理屈にかなうが、今のところ渡り語「は、ほ」の存在を突きとめることができない。いずれとも決め難く、宿題とするほかない。  さらに「ほ」は、上記のように「おほきし(大)」「おほし(多)」を表わすほか、古くから漢字「秀・火・穂・帆」が当てられているように、空高く立ち上るものや高みを志す和人の意気を表象する音であるであろう。  動詞としては「ほ(秀)-ほく-ほこる(誇る)」がある。  成句として「岩ほ」「垣ほ」「ほのほ(火の穂)」、「ほつ鷹(たか)」「ほつ手(て)」「ほつ真国(まくに)」「ほつ藻(め)」などが残されている。「ほね骨」は「ほ(秀)+ね(接尾語)」と考えられる。手足の長い骨の意で、頭蓋や腰骨は「ほね」ではない。  またこの「ほ」は「かほ(顔)」の「ほ」ではないかと考えられるのである。「か(接頭語)+ほ(秀)」である。従い「ほほ(頬)」は「かほ」の中の「ほほ(秀々)」である。こう見ると「かほ(顔)」を無理なく理解できるであろう。  次の大和の国にまつわるよく知られた歌についても理解が行く。 ほ-まほ-まほら-まほらま 「大和は国の摩倍邏摩(まほらま)畳なづく青垣山籠れる大和し麗し」     -まほろ-まほろば 「大和は国の麻本呂婆(まほろば)畳なづく青垣山籠れる大和し麗し」。完
2019/05/03
 和語にはいわゆる人称代名詞(自称/一人称、対称/二人称、他称/三人称)が多いことが知られている。ここではこの中から”自分”を言う代名詞「自称/一人称」をとり上げる。...
2019/05/02
 和人が「ゆ(湯)」を手に入れたのは、今から1万6千年前の土器の発明以降である。水を入れて加熱する容器がなければ湯を沸かすことが出来ない。それ以前は地から湧く天然の湯、すなわち温泉以外に湯はなかった。だが遺構があるかどうか知らないが、石を焼き、それを水溜りに放り込んで風呂としていたかも知れない。貝塚があるところでは、貝の乾燥剥き身を作っていたとされているが、その製造工程では湯が必要のはずで、やはり石を焼いて作っていたであろう。だが湯の受け皿として、そこでどのような容器を用いていたのか見当がつかない。  その「ゆ湯」であるが、これは「yi/ゆ(尿)」の転用であったかも知れない。  大昔、尿は「yi/ゆ」と呼ばれていた。ヤ行渡り語である。もちろん「つ(水)」との絡みで生成したとは考えられない。何らかのきっかけで尿は一拍の渡り語で「yi/ゆ」と呼ばれ、放尿は「yiをまる/ゆをまる;yiまり/yiばり/ゆまり/ゆばり」と言われていた。二拍動詞「まる(放る)」は、大小便を放出する意で、その名詞形が「まり/ばり」である。「まり/ばり」で尿そのものを言う地方があるようである。今日の「おまる」も「まる」の縁語である。  さて、土器を用いて湯を沸かすことができるようになって、和人は、それに新しい音(語)を当てることなく、人とともにあるほんのり暖かい「ゆ(尿)」を流用し、暖かい水を「ゆ(湯)」と呼ぶようになったのではないか、という物語である。  尿、小便を言う語には別に「しっこ、しし、しと」がある。蚤(のみ)虱(しらみ)馬のしとする枕もと。前項の一拍語「し」にその意味があるか。この「し」の由来は不明である。
2019/05/02
 日本人はすべからくものごとを荒立てず、”丸く”おさめることをよしとする風がある。革新には欠けるが、穏やかな社会の維持にはこれが支えとなってきたのであろう。事実”丸い”という言葉は日本語の中におびただしく紛れ込んでいる。ここでは和語の中の丸いものをひとつひとつ掘り起こしてみたい。...
2019/05/01
 一拍語「し」は、もちろんさまざまな意味をもっている中で、動詞として「あらし嵐」の「し」に象徴されるような「力を振るう、力を及ぼす」という中心義をもっており、いくつもの重要な二拍語、二拍動詞を作っている。...
2019/05/01
 人間集団の言葉である限りにおいて、親族の名称、或いは呼称はもっとも基本的なもののひとつであろう。それが和語ではどのようなことになっているのか気になるところである。”親族”と言い切ってしまっては無理があるのかも知れないが、要は血族を中心とする人のつながりである。これまでに知られているものを集めて、自分(おのれ)を中心にして作図すると下のようになるであろうか。  ひぢ/ひぢぢ(祖父)--ひば/ひばば(曾母)  ひぢ/ひぢぢ(曾父)--ひば/ひばば(曾母)      |                               |     ぢ/ぢぢ(爺)--ば/ばば(婆)        ぢ/ぢぢ(爺)--ば/ばば(婆)            |                      |            |                      |  おぢ(伯父)\          /おば(伯母) おぢ(伯父)\          /おば(伯母)        ち/ちち/しし/と/とと(父)           は/はは/か/かか/あも(母)  をぢ(叔父)/         \をば(叔母) をぢ(叔父)/           \をば(叔母)   |        |                      |       |  いとこ       |                      |      いとこ            ------------------------                  |                  |              よめ(嫁)・むこ(婿)                  |              |     |  に/あに(兄)・ye/せ/せひと---「わ、wu、を」(自分) -- つま(妻)・つま(夫)/をひと(男人*夫)  ね/あね(姉)・〇〇       |               |  ----               |                |  おとひと(弟・乙人)      |               |  いもひと(妹)         ----------------   |                        |  をひ(甥)                 こ/こども(子)  めひ(姪)                   |                         まご(孫)                          |                        ひまご(曾孫)  場所が狭いので全部を書き切れないが、このように並べて見るといろいろなことに気づく。 1)父母の原初の語形は「ち」「は」であった。これが畳重して「ちち」「はは」と長語化した。別形の「とと、とうさん」「かか、かあさん」について、「ち」はおそらく「ち/と」で父を言う渡り語をなしていることの現れであろう。母の「か」系語は、「は-か」で(hk)相通語と見ると納得が行く。だがそうとすれば大もとは「は」ではなく「か」であったかも知れない。まとめると「ち/と(父)」と「か/は(母)」である。  なお父を言う「しし」は「ちち」の(t-s)相通語である。母父の意の「あもしし」の「あも」については”雌性”を意味する”マ行渡り語”の項を参照いただきたい。 2)「ち」「は」を濁音化して、両親の兄弟姉妹について「おぢ」「おば」などのように接頭語をつけて用いている。これは接頭語をとったために濁音化したのかも知れないが、親の世代から一代さかのぼり、祖父母の世代を言い表している。さらにその上の曾祖父母の世代にも適用している。清音とその濁音の力関係を示す一例と考えられる。曾祖父母の世代につく「ひ」は、遠隔地を言う「ひな鄙」の「ひ」と思われる。世代を遠く下った「ひまご」の「ひ」も同じである。 3)両親の兄弟・姉妹は、”自分”からはそれぞれ「おぢ/をぢ」「おば/をば」である。父母それぞれの兄弟のうち父母より年上のもの(兄)を「おぢ(伯父)」、年下のもの(弟)を「をぢ(叔父/小父)」と言う。「お(老)」と「を(若)」を当てはめていると考えられる。同じように、父母それぞれの姉妹のうち、姉を「おば(伯母)」、妹を「をば(叔母/小母)」と言う。両親の兄弟姉妹の子が「いとこ」である。「いとこ」の由来は不明である。 4)表の中の両親の子である自分(=私)を言う語は、ワ行渡り語「わ、wu、を」である。これについてはこのブログに別に文章を書いているのでそれ(一人称代名詞と「わたし」の謎)を参照していただきたい。 5)自分の兄弟姉妹のうち、兄は「に」、姉は「ね」であったものが、接頭語「あ」をとって「あに」「あね」となって今日に至っている。ところが兄には「に」のほか、「ye/せ」がある。「ye/せ」は(y-s)相通語である。この「に」と「ye/せ」との区別は不明である。さらに「ye/せ」に相当する語が「ね(姉)」には存在しない。なければならないものであり、おそらく本来存在したものが伝わらなかったのであろう。 6)上記のような兄姉語に対して、弟妹を言う語に一拍語がないのは極めて不可解である。後世の説明語である「おとひと/おとうと(弟)」「いもひと/いもうと(妹)」しかない。これももとはあったものが何らかの理由で伝わらなかったのであろう。 7)自分の兄弟姉妹の子が「をひ(甥)」「めひ(姪)」である。問題は不詳の「ひ」の解明である。 8)両親の息子(自分)、特に長男のもとに来た女が、両親から見て「よめ嫁」である。「よそ」から、或いは「よこ」から来た女の意と考えられる。その「よめ」は、自分からは「つま(妻)」である。同様に、両親の娘(自分)、特に長女のもとに来た男が、両親から見て「むこ(婿)」である。「むこ」の由来は不詳である。その「むこ」は、自分からはやはり「つま(夫)」である。別に述べたように「つま」は「とも伴/友」や「たみ民」と縁語で、男女を問わない。従って男からも「つま妻」、女からも「つま夫」である。おそらく後になって女から言う「つま夫」には「をひと/おっと男人」なる説明語が生まれた。 9)「こ子」はやはり「こ小」に通じる。むしろ「こ小」は”子供”専用で、和語で”小さい”ことやものを言う語は「を」ないし「ち」であるであろう。子の子、つまり「まご(孫)」は、やはりひとつ「ま(間)」を置いた子、”間子”と見たい。  以上いろいろ述べたが、これらがいつ頃の言葉なのか、実際に同時に使われていたのか、などは分からない。完
2019/04/28
 和人の土地には小さな石が成長して(或いは集まって)大きな岩となるという俗信があったというが、そのことは”君が代”の中にしっかり歌い込まれている。その「いは岩」であるが、これがなかなか難しい。...

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