「のんの」さま(001)

 

 多くの人が幼いときおそらくどこかで耳にした覚えがあるであろう「のんの」さま。長い年月を経て辞書をひっくり返すようになってふとそれを見つけて引っかかった。話は飛ぶが、以前女性ファッション誌「ノンノ」の誌名がアイヌ語で”花”の意味の言葉であることが話題になったことがある。初めて知ったアイヌ語であった。

 

 ところで自分が聞いた和語の「のんの」はどのような意味であったか。これがなかなか思い出せない。諸辞書によれば「のんの」は幼児語で「のの、のんのん」と同じように使われるとして、実に多くの意味があがっている。どうも「のの、のんの、のんのん」はひとつの言葉で、どれも「さま」をつけて主にお婆さんが幼児に向かって使うものらしい。その意味するところを自分なりに整理すると次のようになるであろう。

 

・僧侶、巫女(みこ)、医者、祖父、伯父、兄、ばか、

・火、焚き火、明り、

・花、

・星、

・雷、

・文字、本

 

 見事にばらばらである。第一列には高い目線からものを言う人たちが並んでいるが、しっかりその反語も入っているのはいかにも民衆語らしい。最初の”僧侶”と最後の”文字、本”は歴史時代に入ってからの新しい適用であるのでここでは考慮の対象とならない。

 

 さてここでアイヌ語と同じく和語においても「のんの」が”花”を意味することが注目される。しかもアイヌ語でも「のんの」は花だけを言うのではなく、おもちゃのような子供にとっていいものをも表すという。花だけを指す語ではないことに注意したい。そこで思い立って琉球・沖縄語ではどうかと調べるとはたせるかな沖縄語辞典に”花の小児語”という「のーのー」が見つかった。これによって和語、琉球語、アイヌ語を通じて”花”を指す「のの」系の語があることが明らかになった。これら「のの、のんの、のんのん、のーのー」とは一体何ものか。

 

 ところで和語においても琉球・沖縄語においても”花”を言う一般的な語は「はな」である。「のんの」「のーのー」はあくまで幼児語とされている。「はな」という語も問題で、このような基本的な語が「は+な」と二拍語であることはまずない。”花”は本来一拍語「は」であったものが時代の経過につれて、長語化の原理に沿って、一拍語「な」をとり「はな」と二拍語へと長くなったと考えられる。「な」は今のところ不明である。またもとの一拍語「は」も、ちょうど「き(木)」が「く(果物)」や「こ(木蔭)」のように多段に渡っているように、「は(花)」も「ひ、ふ、へ、ほ」とハ行の別の段の一拍語でもあった蓋然性が高い。「は」だけでなく「ひ」や「ふ」「へ」「ほ」でもあり得た。このあたりのことについては別に改めて詳述する。とまれ琉球諸島や本土では”花”を言う「はな」はこの形で今日に伝わった。

 

 一方アイヌ語では「のんの」が花を言う一般的な語のようである。反対に「はな」系のハ行語としてはまず「あぱっぽ」がある。おそらく「あぱ」が語の核心で”花”を言う「は/ぱ」が接頭語「あ」をとった形であろう。さらに特に木に咲く花を言うという「えぷい」がある。接頭語「え」に続く「ふ/ぷ」が花の意と考えられる。”花が咲く”意の動詞「ぴらさ」や「へちらさ」も本来は花の意と見られる。「へちらさ」については辞書編者の田村すず子氏が「へ(頭)+ちらさ(開く)」かとしているが、「へ」を花と見ればぴったりある。

 

 いささか込み入った話になったが、和語、琉球語、アイヌ語を通じて花を指す語にナ行語とハ行語があることがわかった。

これをまとめると次のようになる。

 

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       |   和語     |   琉球・沖縄語    |    アイヌ語           |

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 花(ナ行語)|のんの       |のーのー         |のんの                |

  (ハ行語)|はな        |はな           |あぱっぽ、えぷい、(ぴらさ、へちらさ)|

 

(つづく)