「くふ(食ふ)」(021)

 

 

 原始日本人は「くふ(食ふ)」ことをどのように表現したか。食うためには鳥のように食物を呑み込まない限り「は(歯)」が必要となる。と言うことは「くふ」という語は”歯”の存在を前提としていなければならないことになる。もと日本人は”歯”を「は」と呼んだ。余談かつ空想であるが「は(歯)」は原始日本語としておそらく根元的な語のひとつであるように思われる。やはりハ行語から始まった。ここでは「h」音は「b」「m」に向かわず、「k」音へ変化したようである。

 

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は(歯)-はむ(歯む)「はむ(食む)」「はる(食べ物、穀物)/アイヌ語」「あは(粟)」

ひ( )「いひ(飯)」

ふ( )~あふ(饗ふ)-あへす(饗へす)「あへ(饗応)」「あへのこと(饗の事)」(ア接)

    ~いふ(饗ふ)「いへ(饗応)」「いぺ(食べる/アイヌ語)」(イ接)

へ( )「へ/え(食べる/アイヌ語)」

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ぶ( )~たぶ(賜ぶ)-たばふ(賜ばふ)(タ接)

           -たばる(賜ばる)

           -たぶる(食ぶる)

           -たべる(食べる)

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む( )~たむ(賜む)-たまふ(賜まふ)-たまはる(タ接)

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か(噛)-かぶ(噛ぶ)-かぶる(噛ぶる)「かぶりつき」〔(k-h)相通〕

    -かむ(噛む)-かます(噛ます)-かませる(琉球・沖縄語で「食べる」意も)

           -かまる(噛まる)-かまれる

き(食)「きば(牙歯、牙)〕

    〔日国方言欄によれば沖縄県石垣島や新城島で「き」は食物や朝食の意で使われているという〕

く(食)-くふ(食ふ)-くはす(食はす)-くはせる

           -くはふ(食はふ)-くははる「くはふ(咥はふ、加はふ)」

                    -くはへる

           -くはる(食はる)-くはれる

    -くる(食る)-くらふ(食らふ)-くらはす

け(食)「あさげ(朝食)、ゆふげ(夕食)、みけ(御食)、けのこと、けのもの」

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 琉球語では、”噛む”意の「かぬん、かなーすん、かむ、かむん」、”食う”意の「くわすん、くわゆん、くわーしゆん」がある。「かむ」は「噛む」ではなく今ではほとんど「食べる」の意で使われている。食べ物”には「け(食)のもの」の意の「けーむん」がある。

 

 アイヌ語では”食べる”は「え」「いぺ」が中心であるようである。この互いに結びつきそうにない「え」「いぺ」とは何か。実は「え」は「へ」、「いぺ」は「いへ(い+へ)」で、両者とも「へ」に帰する異形の同語である。上図のハ行語の記述と重複し、かつ多少齟齬するがアイヌ語における複雑な「くふ」事情を見てみる。

 

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へ(食べる  )~いぺ(食べる)-いぺれ(食べさせる)「おいぺぷ/あおいぺぷ(食器)、いぺたむ(食刀)」

え(食べる  )-えれ(食べさせる)-えれぱ(食べさせる)「えぷ/あえぷ(食べ物)」

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か(     )-かゑ(噛む)「かゑかゑ( バリバリ音をたてて噛む)」

く(噛む、飲む)-くぱ(噛む、咥える)

        -くyi(噛む、かじる)-くyiくyi(かじる)

        ~えく(  )-えくぱ(咥える)

        ~いく(飲む)

け(     )-けぷ(噛む)-けぷけぷ(噛む)

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Ca(     )-Caむ(噛む)「CaむCaむ(口をもぐもぐさせて食べる、噛む)」

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 まず”噛む”の「か」であるが、これは「は」「か」「Ca(ちゃ)」と変化している。アイヌ語では”歯”を「みまく/みまき、にまく/にまき」というが、これは「にま/みま+く/き」と分けられ語末の「く/き」が歯/牙の意と考えられる。これを「ふ/ひ」からの転成と考えれば、和語と琉球語の「はむ」→「かむ」と軌を一にする。「みま」は”皿”の意で「皿歯、臼歯」の意と言われている。

 

 アイヌ語では「く」は、現在は、飲み物を「のむ」ことに片寄っているようである。和語では「くふ」方に片寄っている。どちらが本来かは俄かには分からないが、いずれにせよ喉から胃袋に入れることと思われる。

 

 なお二拍動詞「あふ(饗ふ)」の図において記した「あへのこと(饗の事)」であるが、これは能登地方に伝わる古いお祭り、行事のことである。太鼓を叩いて山車がねる祭りではなく、個々の農家がその年の収穫を感謝し来たる年の豊作を祈願して田の神を家に招き入れご馳走するというものである。日国の簡潔な解説によれば次のようである。

「石川県の奥能登地方で、霜月五日(現在は新暦一二月五日)に家々で行なう田の神迎えの行事。田の神を出迎え、風呂に入れ食事をすすめるなど、実在の神をもてなすような古式を伝えている。」

 奥能登の地に今は和語や琉球語ではほとんど忘れられアイヌ語で伝えられる「あへ」という言葉が行われているところに両者の歴史的、文化的な関係の深さが感じられる。

 

 

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     |    和語      |   琉球・沖縄語      |   アイヌ語

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 食む  |はむ          |--             |え、いぺ       |

 噛む  |かむ          |かぬん、かむ、かむん(食べる)|ちゃむ、くぱ     |

 食う  |くふ          |くわゆん           |くぱぱ、くいくい   |