「ゆふ(結ふ)」と「ゆぷ(きつく締める)」(037)

 

 

 

    |  和語       |  琉球・沖縄語     |  アイヌ語      |

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 結う |yiふ、ゆふ(結ふ)  |yiーい、ゆーいん、ゆーゆん|ゆぷ(きつくしめる)  |(yh/yp)

 結い |ゆひ(結ひ)     |yiーまーる、ゆひまーる、 |ゆぷけ(きつい、強い) |

    |           |ゆひまーるー       |            |

 

 

 わが国では田植えや稲刈りのような一時に一所で多くの人手を要する作業の際には近隣の人達が互いに助け合い集団的に作業を行うことが古くから行われていたという。例えば屋根の葺き替え作業などは一人では手の施しようがなく、多人数が寄り合って材料を準備の上手際よくやらないことにはどうにもならなかったはずである。二者間の助け合いを多者間に広げて、ひとつの集落や地域の中で自分も他所へ行って働く代わりに自分のところへも来て仕事をしてもらう。おそらく現在でもどこかで行われているであろう。この仕組みが「ゆひ」と呼ばれる。

 この「ゆひ」は”縛る、結ぶ”などの意の二拍動詞「ゆふ」の名詞形で、万葉集にも何度も登場する古語である。「ゆふ」は今日でも”髪を結う”とか荷物をしっかり”ゆはへる”などとして使われる日常語でもある。

 

 琉球・沖縄語でも「ゆふ」は髪を「ゆー/ゆーい(結ふ)」として使われているという。さらに上記和語の「ゆひ」に相当する仕組みがおこなわれ、同じく「ゆひ」と呼ばれている。どちらが先か後かは議論があるであろう。

 和語の「ゆひ」に当たる琉球・沖縄語は一般には「ゆいまーる(yiーまーる)」である。『「ゆい(yiい)」+「まーる」』であろうが後項の「まーる」は不詳である。広く「回る」「順番」の意と理解されているようであるが疑問が残る。「ゆいまーる」は今では”相互扶助、助け合い”の意の沖縄の社会を象徴する語となっているようである。沖縄県には南部の那覇市を起点とするモノレール鉄道があるが、それは「ゆいまーる」と語呂合わせのような「ゆいレール」と呼ばれている。沖縄人の「ゆひ」への思い入れが感じられる。

 

 和語、琉球語の「ゆふ」はアイヌ語では「ゆぷ」である。字引上の意味は「きつくしめる」である。”抱きしめる、気を引きしめる、ふんどしをしめる”の締めるである。この「ゆぷ」に和語、琉球語の「ゆい」に相当するような社会的な仕組みを言うことはなさそうである。そもそも本格的な米作を導入することのなかったアイヌ社会には上記のような農村型の「ゆひ」は存在しなかったのであろう。漁業や狩猟にはそのような仕組みは必要がなかった。かくして「ゆぷ」は語義、語形とも本来の「ゆぷ」のまま今日に至ったと考えられる。

 

 こうして見てくると「きつくしめる」意のアイヌ語「ゆぷ」と労働交換を言う「ゆひ」とは結びつきそうにない。ひとつの考え方として、語学からは逸れるが、「ゆひ」という制度というか仕組みが成立したのは非常に新しい、ここ四、五百年のことであろうということである。「ゆひ」が日本社会がもつ相互扶助精神の発露のように言われることが多いが、これは歴史的にはきわめて新しい発展と見るのである。そうであれば「ゆひ」と「ゆぷ」を直接比較考量することには無理がある。「ゆひ」の先駆的な形態として、多人数を要するさまざまな過酷な労働に対して権力でもって人を駆り出し拘束する強制的な集団労働の形態が日本社会にあったと考える。「ゆぴ」である。これが「ゆひ」へと昇華した。

 

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 和語「ゆふ(結ふ)」は”しばる、しめる”意のヤ行渡り語に含まれ、動詞図は次のようになるであろう。

 

や(結)-やふ(結ふ)~もやふ(も結ふ)「舫やふ」(モ接)

yi( )-yiふ(結ふ)-yiはふ(結はふ)-yiはへる

ゆ( )-ゆふ(結ふ)-ゆはふ(結はふ)-ゆはへる「ゆひ(結ひ)」

 

 和語「ゆひ」のことを「もやひ」と言う地方がある由であるが、そのことは上図のように二拍動詞「やふ」の存在が確定することにより納得される。モ接動詞「もやふ」はその後舟を杭につなぎとめる意に広がった。因みに「もやふ」の「も」は「身」と考えられ、わが身をしっかり縛る意となる。

 

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 また「ゆふ(結ふ)」を説明する際には「むすぶ(結ぶ)」をもち出さないことにはうまく説明できない。「結びつける」である。では「ゆふ」と「むすぶ」はどう違うのかということになる。「むすぶ」の動詞図は次のようになるであろう。

 

さ(狭)-さむ(狭む)-さみす(褊みす)「狭織、狭物」

し(狭)-しぶ(狭ぶ)-しばる(狭ばる)-しばらる-しばられる「縛ばる」

           -しぼる(狭ぼる)-しぼらる-しぼられる「絞ぼる、搾ぼる」

    -しむ(狭む)-しまる(狭まる)「締まる」

           -しめる(狭める)-しめらるしめらる-しめられる「締める」

す(狭)-すぶ(狭ぶ)-すぼむ(狭ぼむ)「窄ぼむ」

           ~むすぶ(む狭ぶ)-むすばる-むすばれる「結すぶ」(「むすぶ」は「身すぶ」か)(ム接)

                    -むすぼる

せ(狭)-せむ(狭む)-せめる(狭める)-せめらる-せめられる「攻める」

    -せぶ(狭ぶ)-せばむ(狭ばむ)-せばめる「狭ばむ」

 

 ”相手との距離をつめる”という点では「ゆふ」も上記「さ(狭)」語も違いはないようである。しかし原始日本語の段階に戻ると、そこに何か違いがないことには「ゆふ」と「さ(狭)」語の説明がつかない。宿題である。

 

以上